ただひとりの運命の人は、私の兄でした
完璧すぎる兄と、ぱっとしない私

叶わない恋

「ねぇ、外にいるイケメン見た!?」
「あの黒い車の傍に立っている人でしょう?マジやばいって、モデルか何か!?」

放課後の教室で、にわかに色めき立つ黄色い声が耳に入ってくる。
まさか、と嫌な予感に胸がざわつく。

「この学校の誰かを待ってるんじゃないの!?あの人……」
「すっごい背も高かった!!お金持ちだよ、きっと!!」

黒い車、高身長、イケメン。

この三つのキーワードが揃えば間違いない。
嫌な予感ほど当たるなんて最悪だ。

私は急いで荷物をまとめて、教室をそそくさと出ようとする。

「あれ、あおい、もう帰るの?」
私の慌てた様子を見て、友達の絹が不思議そうに声を掛けてきた。
「あ、うん。ちょっと」

おざなりに返事をする私の背中に彼女が何か叫んでいた気もするけれど、心の中で謝って私は急いで下駄箱まで走る。

何で来たんだろう。絶対に来なくていいって言っておいたのに。

久しぶりに走ったから息が切れそう。
でも、こんなに息苦しいのはそのせいだけじゃない。
胸が痛い。きりきりする。
誰にも見て欲しくないんだ。彼のことを。
私はこんなに惨めったらしくて嫉妬深い人間だったのかと、自分がつくづく嫌になる。

校門を出て見回せば、思った通りの人物が黒い愛車の前に立っていた。
既に何人かの高校生に取り囲まれている。
もちろん女の子ばかりで、みんな目をキラキラと輝かせている。
そりゃそうだ。こんな明らかに金持ちそうないい男が、高級外車の前でにこやかに話してくれるんだから。

思わず第三者目線でぼんやりと彼のことを観察した。
烏の濡れ羽色とでもいえばいいのか、黒く艶めいた髪の毛は誰もがうっとりと眺めるほどに美しい。
身長は180センチを軽く超えて、腰の位置が高くて本当に日本人かと疑いたくなるほど。
程良く筋肉がついた体格は男らしくて、胸板の厚さがスーツ越しに垣間見えてうっとりする。抱きしめられたらさぞ気持ち良いことだろう。
顔だって、文句のつけようがないほど、きれい。
陶器みたいにつるんとした白い肌に、色素の薄い琥珀色の瞳は良く映えた。
鼻筋もすっと通っていて、こういうのを「非の打ちどころのない男」と言うのだと思う。

そんな完璧な男に気軽に声を掛けられるほど、私はもの知らずじゃない。
彼が私を迎えに来た事は分かっているけれど。
傍に行くことさえ躊躇われ、気がつけば後ずさりをしていた。

ああ、本当に私は、あの人とは真逆の立ち位置にいる。
彼はいつも光の中にいる。地味で、目立たない私とは正反対。

それでも、私は。


唇を噛んでその光景を遠巻きに見ていると、ふと視線を上げた彼が私に気が付いて声をかける。

「……あおい!待ってたんだよ、早く帰ろう」

彼の声は良く通る。
バリトンの低く甘い声で、私だけに呼び掛けてくれるその瞬間が好きだ。
けれど、それと同時に投げかけられる痛い程のたくさんの視線が嫌だ。

彼の周りにいたとりまきたちの目が一瞬で私にそそがれる。

『なに、この子?』

口に出されなくても分かる。彼女たちが思っていることくらい。
昔からずっとそうだった。少しは慣れっこになったかと思ったけれど、人の心は弱いものだ。
私の心の柔らかいところを、その鋭い視線たちは一斉にえぐっていく。

「えー、このコ、おにいさんの知りあいですか?」
蔑みを含んだ声色に私は思わずびくりとしてしまう。
「うん、僕の大事な妹」
彼は満面の笑みを浮かべて答えるけれど、私に注がれる視線は一層厳しいものとなった。
 
『まじかよ』

目は口ほどにものを言う。
みんなの言いたいことは良く分かってる。昔から言われてきたことだ。
黒髪に色白な彼に対して、地黒で生まれつき髪の毛が茶色がかっている私。
『あおいは遊んでる』なんてまことしやかに噂されているのも知っている。
友達の絹は、あおいを良く知ればそんなこと絶対にないって分かるのに!と息巻いているけれど。
まあ、それくらい私のルックスは不本意ながらもギャルっぽいということだ。
そんな、いかにも遊んで見える妹と、絵に描いたような王子様系の兄。
この二人が兄妹だなんて、誰もが首を傾げたくなるのも当たり前だ。
共通点と言えば、色素の薄い琥珀色の瞳だけ。これは、本当にたまたま。ただの偶然だ。

「さ、早く乗って、乗って!!」

彼女たちのそんな不躾な視線に気が付いているのかいないのか、彼はお構いなしに私の元まで来る。それはもう、いそいそと楽しそうに。
手を握ろうとする彼の大きな手に気が付いて、私は反射的にそれを振り払ってしまった。
彼が目を大きく開けて驚いた表情をする。
途端に胸がぎゅうと苦しくなり、ひどい罪悪感に襲われる。……傷つけてしまっただろうか。

「あっ……、外だし、もういい年だから……」
「そうだよね、あおいのこと良く考えてなかった。ごめん」

へにゃりと眉を下げて笑う顔にみぞおちのあたりがずしりと重くなる。
ああ、どうして私はこうなんだろう。

「ごめんね、ちょっとドアを開けるから」

彼は群がる女の子たちを軽くいなしながら、ドアを開けて私をシートに滑り込ませた。

「じゃあね、みんな。お話できて楽しかったよ」

にっこりと微笑むと、彼は素早く運転席に乗り込んでエンジンをかける。
低いエンジン音が鳴り響くと、周囲の子たちは車から離れて出発を邪魔しないようにした。

私は助手席に乗っている間も、ずっと下を向いて俯いていた。
小さい頃からずっと経験してきたこと。彼に対する羨望のまなざしと、私に対する『邪魔』という視線。

「光希、早く出して」
「はいはい」

やがて車が滑るように発進して高校から離れると、私は心の底からため息がひとつ零した。

「……迎えに来なくていいって言ったのに。こんな車と光希、目立ち過ぎる」
「あはは、この車は確かに目立つかもね?でも今日はあおいの誕生日でしょ。ちゃんとお祝いしたいんだ」
「もうそういうの、いいよ……。光希がわざわざ会社休んでまですることじゃない」
「何を言っているんだ。君は、僕の大事な妹なんだから、当たり前でしょ」

ハンドルを握っていない方の手でくしゃくしゃと頭を撫でられ、ツキンと鋭い痛みが胸に走る。
いもうと。
元は義理の妹、今は戸籍上は他人の関係。
それでもこの人は、私を妹だからと言って聞かない。
そして彼はその立派な主義主張に基づき、私が妹だという理由でこんなに私を溺愛してくれているのだ。
妹の誕生日に会社を休み、高校まで自ら車を運転して迎えに来て、豪華なディナーを手作りしてくれる。誰もが羨むほどのパーフェクトな兄だ。たっぷりと愛情をそそがれている。包み込む様な優しさは、疑いようも無くほんもの。

でも、私はちっとも嬉しくない。

どんなに自分が愛し求めても、この人は自分を「妹」としか見てくれない。
鼻の奥がつんとして、涙が溢れてきてきそうになる。

ああ、嫌だなぁ。諦めたくても諦めきれない、未練ったらしい自分が大嫌い。
視界が潤んで唇がぶるぶると震える。
どうやっても叶わない恋を思ったら、いつも勝手に出てきそうになる涙が心底嫌だった。
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