ここにはいられない


素直に嬉しかった。
別においしいと言われたわけでもないのに。

他人の作ったものを食べるということは〈信頼〉だと思う。
信頼があって、安心があって、そこから初めて「おいしい」に繋がる。

私と彼の間に積み上げたものは何もない。
鍵を開け放って他人を出入りさせている人だから警戒心が薄いのかと思いきや、距離感はとても遠い。

私は彼に初めて信頼を向けられたような気がしていた。

「じゃあ、今持って来ますね!」

浮かれた気持ちで走って自宅へ戻り、重い圧力鍋、次に炊飯器を運んだ。
ウーロン茶を運び、それからコップとお皿、スプーンまで持ち運んだところ、

「食器くらいありますよ。あとお茶も」

と彼が笑った。

「俺、どんな生活してると思われてるんだろ」

ふっ、と笑った顔に見入ってしまった。
わずかに目尻を下げて、口角が上がっただけの、小さな微笑み。

だけど、この人も笑うんだなーって。
これからまた少し接触が増えるけど、思ったよりは楽しくできるかなーって。
期待を膨らませるには十分だった。



ところが盛りつけたカレーライスを前にして、一瞬彼のスプーンが止まった。
何か気に障るような要素があっただろうか、と考える。

「もしかして福神漬がないと嫌なタイプでしたか?」

「福神漬?」

「はい。実は私、お漬け物全般苦手で、福神漬も買ってないんです。こちらの冷蔵庫にもなかったので付けませんでしたけど、必要でした?」

彩りからすると真っ赤な福神漬と白いらっきょうが付いていた方が見栄えはする。
けれどどちらも好きではないので、私のカレーはご飯にルーをかけるだけだ。

「いえ。そういうこだわりはありません」

「何かもう少しトッピングでも用意すればよかったですね。気が利かなくてすみません」

「いえ、大丈夫です。いただきます」

口に入れたのはわかったけれど、あんまりじっと見るのは失礼だと思って自分のカレーに集中した。
私にとってはいつものカレーだったけど、彼はどう思っただろう。

期待と不安がない交ぜになった落ち着かない気持ちでスプーンを動かしていたのに、彼から味に関するコメントはとうとうもらえなかった。






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