ここにはいられない


部屋の中は予想外に落ち着いていた。
特別倒れやすい家具もないせいなのか、低い棚の中の食器が偏っていたり、飾っているぬいぐるみが落ちていたりした程度。
一番心配した書棚にもこれといった変化はなかった。
揺れる方向がよかったのかもしれない。

状況を確認しようとテレビのリモコンを操作して、停電だったことを思い出す。
家の中が普通だったから忘れていた。

携帯でもテレビは見られるけれど、充電の心配があるからラジオをつけた。
私の地域は震源から少し離れていたので、それほどの被害は聞こえてこない。
震源に近いところは当然もっと揺れて、地面にヒビが入ったところもあるらしい。
津波の心配はないということだけど、停電だけでなく断水している地域もあるとのことだった。

水道をひねってみるといつも通り水は出る。
水が流れればトイレは使える。
ガスもつくからお風呂だって料理だって大丈夫。
何かの時のために用意しておいた小さなライトとキャンドル、ライターをテーブルに出して、買った食材は電気がなくて暗い冷蔵庫にとりあえずしまった。


まもなく冬を迎えるこの時期の日暮れは、まばたきするたび暗くなる。
でも頭で理解していることと、実感として感じることとは別。
停電がどういう状況であるか実感できていなかった私も、夜が迫ってくるに従って危機感を覚え始めた。

窓辺に立って外の通りを眺めてから室内に目を移すと、日の名残のある空と比べて部屋の中は半分以上が闇に呑まれていた。

ここで初めてゾクッという恐怖を感じた。
いつもならば部屋の電気が消えていても、外から街灯の明かりが入るから真っ暗闇にはならない。
わずかだけどレコーダーの時刻表示やコンセントの節電スイッチの明かりもある。
今は、どこもかしこも闇━━━━━。

暮れゆく街並みがどよんと歪んで見えた。

この異常事態が人の心の闇を刺激したりしないかな。
今夜は犯罪が増えるような気がする。



< 99 / 147 >

この作品をシェア

pagetop