あなたしか見えないわけじゃない
歩道の早川に向かって叫ぶと早川が一瞬申し訳なさそうな顔をした後でペロッと舌を出した。

「ごめーん。先輩達からの指示には逆らえなくってぇ」

ああ、そうか。
私は売られちゃったのね。へぇー、そういうことですか。

「早川、2度と迎えに来てやんないし、デートでも勤務代わってやんないから」

「やーん、藤野~、ごめん」

早川の声は無視する。
早川の後ろに関川先生の姿を確認したから、早川の帰宅は大丈夫そうだ。

「帰り道なのでついでに送ります」

仕方がないから送って行こう。
ツーシートのクーペを発進させた。

「藤野さん、助かるよ。あ、僕のマンション覚えてる?」

「ええ。関川先生と一緒のタクシーの時に見てますし、あの辺はよく通るので」

「へぇ。……で、これ、ホントに君の車なの?」

「そうですよ。私のですけど、何か?」

ホントにって何よ。何か気に入らない。

「いや、ごめん。ご両親か彼氏のとかかなって」

「いいえ、私のです。車検証見ますか?」

「あ、そこまでは……。これ、買うと結構な金額だよね。今どきの都会の女性は免許ない子の方が多いからさ。藤野さんって珍しいタイプだよね」

「別に愛人して貢いでもらっているわけじゃありませんよ。自分でキチンと支払いもしてます」

「ごめん、気分悪くした?そんなつもりじゃなかったんだけど。悪かったね」

何だか結構不愉快。
ドクターは高給取りだから、外車や国産高級車に乗ってるんだろうけどね。

私の趣味が車。
他の女性がブランドバッグや靴、ネイルやファッションにお金を使うところを私は車に使っているってだけなんだけど。

実家はここから車で2時間の距離にあり、3交代の不規則勤務をしているとなかなか実家に帰れない。
でも、車があると電車の時間に縛られずに帰省できるようになった。
喜んだ親は少しだけ購入費用を助けてくれたがそれはここで言う必要はないだろう。
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