あなたしか見えないわけじゃない
「だ、誰が既婚者なんですかっ?」

「だから私」

「聞いてませんっ」

「そうね。言ってないし」

平然としている木村さん。

「い、い、いつご結婚をっ」

焦って噛んでしまう。

「はたち」

「はたち~!」

カシスオレンジをごくごくと飲み干す木村さんを見つめてしまう。

「さ、授かり婚とか?」

「違うわよ」

「えーっと、ご主人は現実に存在する人ですか?」

「何言ってんのよ、失礼ね。存在してるし」

「じゃ、遠い世界の人とか画面の向こう側の人とかで木村さんがいいなぁって思ってるだけとか」

「アンタ、何だかわけわかんないこと言って。芸能人に憧れて勝手に結婚を妄想してる痛い女だって言いたいの?」

「違うんですか?」

「あったりまえでしょ!いるのよ、ホンモノの生きてる旦那がっ!」

「ええっ。だって~、結婚してるって話聞いたことないし。指輪してないし、夜だってよく飲みに行ってるし。イケメンドクターがいたらベタベタしてるじゃないですか」

「指輪は仕事中はしない。旦那は出張が多い。いない日は飲みに行っていいって言われてる。イケメンがいたらとりあえず近くに行くわよ。浮気するわけでもなし、いいでしょ」

何てきっぱりした言い方だ。

「はあ。まぁ……そうなんですかね。でも、ご主人ってどんな方なんですか」

「ふっ。ひ、み、つ」

「だから、余計に存在感ないですって」

「うるさい子ね。いるって言ってるでしょ」

「怪しい……」

「あー!もうっ。ちょっと耳貸しなさい!」

私を引き寄せて肩を抱くようにして耳元に口を寄せて囁いた。

「えー!」
名前を聞いて驚いた。私でも知ってるピアニストだったのだ。確か数年前に国際コンクールで入賞していたはず。若手の実力者、しかもイケメンだったから世間が注目していたはず。

「ば、ばかっ。大声を出さないで!」

周りの注目を集めてしまう。
木村さんは慌てている。

今度は声を潜めて聞く。
「何で秘密なんですか」

「だって、特別視されるのイヤだし。盛大な結婚式とかしてないからマスコミも気が付いてないわよ」

アンタも秘密にしてよねとしつこく念押しされた。

「この先妊娠でもしたら発表するわ~」

驚いた。こんな人だったのか。
この先、夜勤でパートナーになったら詳しく聞き出してやる。

「藤野~、そんなことより池田先生紹介してよ。はーやーくー」

ううっ。紹介しなくても突撃しそうだけど。
今後の職場での私のポジションを考えて、紹介して恩を売ろう。
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