あなたしか見えないわけじゃない
ほころび

転居

東横沿線に彼の新しい住まいが見つかり、私がわかるものだけ引っ越しの荷造りを始めた。
キッチン用品と洗面所まわりやリネン類程度だけど。

位置が高くて触れたことがない吊り戸棚を開けてみると、段ボール箱がひとつ。

何だろう。

踏み台の代わりにイスを持ってきて下ろす。
どうやら食器らしい。かちゃかちゃと音がする。

ガムテープを剥がして開封すると、やはり食器だった。
マグカップや茶碗にお皿……全部2客ずつ。
どう見てもペアで揃えたもの。
1番上にあったペアの水色とピンクのマグカップは観光地などでありそうな希望の文字を入れてもらえるような物。

『GAKU and IO』

ガクとイオ?

開けられていないキャンディーのガラスビンには手作りのラベルが貼ってある。

『大好きな岳へ
記念日に一緒に食べようね。
いおより』

あ、これ、私が見ちゃいけない箱だ。
すぐにマグカップを入れ直してガムテープを閉め、吊り戸棚に戻した。

いお
前の彼女なんだろうけど。
いお……。

いつ頃の彼女何だろう。

その箱の存在は私の心に暗い影を落とした。

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