記憶の中のヒツジはオオカミだったようです!
5 知らない時間





 ジュウジュウと音を立てる鉄板を前に、正面に立つ朔を盗み見る。
 思い返すこと二時間前ーー雪乃は、朔の車で卓馬を送った後、何の疑問もなく駐車場に向かった。
 その理由は、上着を車に置いていたからだ。

「中は温かいだろうから、コートは車に置いておくといいよ」

 朔に言われるがまま、コートを置いてきたのが間違いだった。
 本当は、卓馬を見送ったらトイレに行くフリをして空港から逃げ出すはずだったのに、荷物をコートを持って歩くのが嫌いなのが災いした。
 
「ちょっとお手洗いに……」

「うん、行っておいで。俺はそっちで待ってるから」

 彼が指差したのは、トイレから距離のある時計台。
 雪乃は、心の中で「チャンス!」と叫んでいたが、顔には出さずに朔に頷いてみせた。平日とはいえ、かなりの人がいる中なら、気付かれることなく立ち去れそうだと思った。
 けど、思い出したように振り返った朔に、唾を飲み込んだ。

「コート……車にあるの忘れないでね」

 にっこりと微笑まれて、ぎくりとした。



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