徹生の部屋
かくいう私も、いまだに自社製品には手が出せずにいる。
社割がきいてもお給料の数ヶ月分に相当するソファなど、社員寮のワンルームにはもったいない。

いつの日か、店長イチオシの家具工房の作品でマイホームを満たすことを夢みて、仕事に貯金に邁進する日々なのだ。

さてと。
食べ終えたゴミを片付け席を立つ。
店舗に戻る前に倉庫へ行って、ヒノキチップの在庫を取ってこよう。

ほんのり薫るチップは、可愛い器に容れて部屋に飾っても良し、ネットに入れてお風呂に浮かべ、即席桧風呂を楽しんでもいい。

手頃な値段とチップを詰めた当店のロゴ入り巾着のおかげか、観光ついでに立ち寄ったお客さまから人気の品である。休憩に入る前には売り場の在庫がかなり減っていた。

倉庫へ続く廊下のドアに手をかけた時、休憩室に引かれた内線電話が鳴る。
忙しくなった店舗からのSOSかな?
ほかにも休み時間中の人はいるけれど、一番近くにいた私が受話器を取った。

「はい。販売部の井口です」

「あ、井口さん。桧山だけど……ちょうどよかった」

かけてきた桧山店長の、電話越しでもよく通る声が耳に心地好い。

「休んでいるところを申し訳ない。ちょっと店長室まで来てもらえる?」

彼は九州に本社がある桧山家具の社長令息で、このTokyoベイサイド店の店長であり東京支社の責任者でもある。
国内外へ商談や買付けなど赴くことが多いため、店舗にいることは珍しい。

突然の呼び出しに緊張しつつ、店長室のドアをノックする。
調度類を自社製品で揃えた室内に入ると、少し性急に桧山店長は一枚のA4用紙を差し出した。
私がそれに目を落とす前に、重苦しい言葉を投げかけられる。

「当社で扱った商品にクレームがきた」

「クレーム!?」

思わず紙を持つ手に力が入ってシワが寄り、慌てて持ち直す。
あらためて、渡された紙に印字された文字を辿った。

「申告されたのは桜王寺姫華さま。覚えているかな?」

目を皿のようにして文章に食い入る私に、店長は言葉を被せてくる。

忘れられるわけがない。
ただでさえオウジだヒメだと華やかな名前。しかもそれ負けない美貌の持ち主のお嬢さまだった。






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