徹生の部屋
坂道を登る彼の背中で辿り着いたもうひとつの答え。
それが、姫華さんの部屋で起きた現象の原因だった。

私の口調がつい刺々しいものになってしまった理由を察したのか、徹生さんはカップを手にダイニングへと誘い着席を促した。

「あの部屋の屋根裏に、コウモリが棲みついているのではありませんか? 不審な音は、夜行性の彼らがたてるもの。アレルギー症状と思われる姫華さんの咳は、フンなどによって引き起こされていると考えられます。――この結論でご満足いただけますでしょうか」

民家に小型のコウモリが侵入するのは、よくあることらしい。ほんの数センチの隙間でも、彼らはねぐらや繁殖場所を求めて入り込むそうだ。

この桜王寺邸も手入れは行き届いているようだけれど古い建物だから、どこかにそんな隙ができていたとしてもおかしな話ではない。

そして、徹生さんは私より早くその事実に気づいていたはずである。それなのにあえて黙っていたのだ。

「よくわかったな。……ああ、基紀か」

ブラックのコーヒーをひと口飲んで苦々しい顔を作る。
その通りだ。昨日、楢橋さんが去り際に残していったひと言が、重要なヒントとなった。

夜中、部屋の灯りが消えると聞こえる物音。ハウスダストのアレルギーをもつ私が、あの部屋にいると出る様々な症状。コウモリの活動が開始される夕暮れの空を見上げていた徹生さん。

『コウモリ』というたったひとつの単語は、それらをキレイに繋げてくれる。

「いつから知っていたのですか?」

「レコーダーの音を聴いて、なにかの生き物だとは推測していた。屋敷の周りをコウモリが飛ぶのは珍しくはないが、楓の体調からしても十中八九そうだと思って、昨日の昼間に姫華の部屋から屋根裏を覗いたら……しっかりといたよ」

「では、やっぱり早い段階で、当社の家具が原因ではないとご存じだったんですね」

いくらアフターサービスが自慢の桧山家具でも、商品以外のところで起きた不都合などは当然対象外である。
テーブルに両手をついて、ゆっくりと立ち上がった。

「楢橋さんもおっしゃっていましたが、お早めに専門の業者を呼んで駆除なさったほうがよろしいかと。せっかくの素敵な建物が傷んでしまいますし、姫華さんの体調にも悪影響でしょうから」

「ああ、そうする」

事務的に説明する私に、同じように返す。
これで、今回のクレームに対してできる私の仕事は終わり。それだって、彼にとって、私はたいした役にはたっていないのだろう。

徹生さんが必要だったのは、家具の専門家としての私の知識ではない。縁談を断る口実を作るための、仮初の同居人だったのから。












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