徹生の部屋
私が住む社員寮になっていたマンションのセキュリティに、多大なる不安と不満を抱えていた徹生さんは、結婚を前提としたお付き合いを始めてすぐに、引っ越しを勧めてきた。

それも、自宅である高級高層マンションでの同棲を。

最初は頑なに断り続けていた。どう考えても、分不相応だ。

だけど様々な理由から、私の部屋に彼を招くことは躊躇われる。となれば、おうちデートをする際は、必然的に彼の部屋ということになってしまうのだ。

それに、接客業の私と、なにかと忙しい彼との休日が揃うことは稀で、ややもするとすれ違う日々が続いてしまう。

一緒に住んでいれば、少なくとも朝晩は顔を合わせることができるのだ。

懇々と説得され、ついに折れたのが約四ヶ月前。

そうと決めたら、あれよあれよという間に引っ越しが決まり、退寮の手続きが済まされていた。

その間に、世界一周の旅から帰ってきた彼のご両親やお祖父さまたちへの挨拶を済ませる。

名家の嫁にふさわしくない、と猛烈な反対を覚悟していたけれど、どういうわけか諸手を挙げて喜ばれてしまった。
姫華さんに至っては、自分がキューピットだと主張して憚らない。

年明けにはお互いに有休を取って、私の実家がある九州にも行ってきた。
突然の婚約報告にパニック状態になった井口家。
徹生さんの素性を聞いて、私が結婚詐欺にでもあっているのではないかと心配したらしい。
彼なりに気を遣ったつもりで浮かべた、例の御曹司スマイルでも疑惑は晴れず、彼らには逆効果だった。

真実を見極めようと東京に戻る私たちについてきた母は、連れていかれた桜王寺のお屋敷、彼のマンションなどにただただ口と目を大きく開けて驚く。

最終的に納得したのは、桧山店長の身元保証があったから。
井口家にとっては、強大過ぎる桜王寺家の威光よりは、多少身近な桧山家のほうが、信頼に足るということのようだ。

それに徹生さんは不平不満を漏らしていたけれど、見送りにいった空港で母から「娘をよろしくお願いします」と深々と頭を下げられ、神妙に応えていた。

以降、私たちの仲は、家族も職場も公認のものになっている。
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