【極誠会】ワンナイト。
ワンナイト。
その日やるべきことを終えた我龍はちらと腕時計に目を遣った。時刻は21時を回ったところ。そういえばお頭もまだだと思い至り部屋へ向かった。

日の沈んだ中、廊下の灯りも最小限で扉の隙間から漏れる光に近付きドアノブに手を掛けようとした瞬間。

「ア…ッ!っぁ…ッ」

堪えきれないように漏れ出る快楽の混じる苦し気な声。

もちろん一瞬でその声の主が分かり、全身が凍り付くように動きを止めた。
衣擦れの音とソファの軋み、息遣いまで感じるような気がしてすぐに扉から離れる。嫌に速い鼓動を感じながら我龍はそのまま本部を後にした。


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

ダン、と勢い良くビアジョッキをカウンターに下ろす。
すでに何度か交換しているジョッキはもう半分以下の量だった。

苛立ちと無力感。扉の前でキツく拳を握ることしかできなかった。この現実を何度突き付けられれば慣れることができるのか。

「同じのを」

無口なヒゲの店員が速やかにグラスを交換する。カウンターに置かれた冷えたジョッキを持ち上げ、我龍はまたそれを喉に流し込んだ。
知らずため息が漏れた時、いつの間にそこにいたのか隣から声がした。

「ねぇ、あなたもやけ酒なの?」
「…あ?」

明らかに自分に向かって問われる声に我龍はめんどくさそうに顔を上げた。

「……!」

一目で酔いが回っていると分かる赤らんだ頬。泣いたあとだろう赤い目。その大きな瞳が我龍の顔を正面から捉えた瞬間さらに大きく見開かれた。
割りとよくある反応に我龍は視線を戻してジョッキを煽った。強面な顔の造りは眼鏡ごときではごまかせない。上下白のスーツも相まって堅気には見えないだろう。
それでもいつもならそのまま引く女が多い中で隣の視線はぼーっと我龍に注がれていた。

酔っ払いに絡まれるのも面倒だと残りの中身を飲み干して我龍は席を立った。

「勘定」
「え、あ…」

唐突に会計を済ませて店を出ようとする我龍に彼女は声を掛けようとするもその足は止まることなくドアベルを鳴らして出て行った。

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