偽装新婚~イジワル御曹司の偏愛からは逃げられない~
第6章 すれ違うふたり
結局光一さんには、なにも言えずじまいだった。それでも、それから数日は何事もなく過ぎていった。
光一さんの態度に変わったところはなく、むしろいつもより優しいくらいだったけれど、私のほうがさりげなく彼を遠ざけていた。
避けていたって、なにも解決しないことは、今までの経験から十分にわかっていたはずなのに。

西の空が茜色に染まりはじめたころ、私は仕事を終え、会社を出た。
今日は梅雨の合間の貴重な晴天日で、真夏のように暑かった。夕方
になっても熱気が肌にまとわりつく。
私の視線がチェーンのコーヒーショップをとらえる。

(アイスコーヒーでも飲んで帰ろうかな)

珍しくそんなことを考えたのも、どこかでマンションに帰りたくない気持ちがあったからかもしれない。

私は外に面した一人客向けのカウンター席に腰をおろした。大きなガラス窓の向こうには、花園商事本社ビルも見える。このカフェは会社から一番近く、座席数も多いので、花園商事社員の御用達だ。第二の社食なんて呼ばれていたりもする。

私はアイスコーヒーに口をつける。特別おいしいわけでもないが、チェーン店ならではの安心感のある味だった。

(結局、その後はなんにもないな)
怪しい男もあれきりだし、不審な手紙もあの一度きりだった。
(怪しい男はただの勘違い、あの手紙は単なる悪戯ってことなのかな)
手紙は愉快犯みたいなもので、手当たり次第にばらまいている可能性もあるかもしれない。
(ご近所で同じような事件がおきてないか警察に聞いてみようか。案外、犯人がつかまってたりするかも)

そんな風に考えると、少し気持ちが軽くなった。



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