「ここ……?」


先生が躊躇いもなく入っていった一つのビル。その前で私の足は止まってしまった。


見上げるグレーのコンクリートに取り付けられた色とりどりの看板。そこには上から下までズラリと夜のお店の名前が並んでいる。


同業者でありながら敬遠したくなった私は先生を追っていた足を止めた。


そもそも、教師とはいえ出逢ったばかりの男の人を信用するべきではなかったのだ。


内心反省し静かに踵を返す。


店に戻るにはまだ怖い。ならば今からどうしようか……そんな考えを巡らせている鼓膜には深夜だというのに繁華街の眠らない音。


視界を横切る千鳥足の酔っ払い、いかにも水商売をしているドレスの女性、派手な頭にスーツを身にまとう若い男性、貸切中のタクシー。


見慣れた世界から無性に抜け出したくなり、深いため息が地面に沈む。


「行きますよ」


背中に声がかかり振り返ると、何メートルか先で先生が待っていた。


雑踏が戻っておいでよと私を誘うけれど、今はもうひとかけらも「マリ」を纏いたくない。


意を決した足は、先生の声を選んだ。