「みやび」という源氏名との付き合いももう12年になるかしら。


BarTOBARIを開いたころその名前を呼ぶ声は掠れた酒焼け声ばかりだったけれど、今では高い声低い声その中間色んな人が呼んでくれるようになったわね。


「雅」


そういえばこの声が一番始めに「みやび」と呼んだのよ。


「千春ちゃん、いらっしゃい」


普段着ているものより上等なスーツを身に纏った彼はカウンター席へと腰掛ける。そして、気だるそうにネクタイを緩め一息ついた。


黙っていればなかなかいい男だと思うんだけど。でも、ゴソゴソとポケットを探り取り出したものがせっかくの一張羅を台無しにしているわね。


この間私があげた電子タバコ。本気で禁煙するって本人が言い出したから協力してあげたまでなんだけど、様になっていない姿に思わず笑っちゃう。


「今日はまた一段と騒がしいな」 

「いつもこんなもんよ。千春ちゃんが早かったんでしょ。いつも閉店間際じゃない。今日は何かあったの?」

「あー、今日はちょっと……」


答えにくそうに語尾を濁した千春ちゃんを見て思い出した。先週の金曜の深夜、この店で交わされた千春ちゃんとあの子の会話。


「ああ、例の」

「そ」


目の前にほうじ茶を出すと、千春ちゃんは平然と頷く。平然と、真顔で、わざと過ぎるほどに何事もなく。


「あの子は帰ったの?」

「まさか。ホテルに置いてきた」


まぁ、あの子は男性が苦手なようだったから妥当な選択だったかもね。それにしても、私は千春ちゃんが心配だわ。


でも千春ちゃんは今、何も言わない。私が何かしら知るときにはきっと、もう────。