君があの子に、好きと言えるその日まで。完
第二章

好きだった人 翔太side


あれは、一年前の春のことだった。

部活から戻ると、見知らぬ女の子に貸した充電器が俺の机の上に戻されていた。

着替えている間になにげなくスマホを充電器に繋げると、通知の欄が母親と翠からの着信で埋め尽くされていた。

俺は、あの日のスマホの振動を、今も鮮明に覚えている。


だけど、翠の妹……雛が交通事故に遭ったと、翠からの留守電で知ってからの記憶がほとんどない。

俺はあの日、かばんも何もかも教室に置いて、財布だけ持ってタクシーで病院まで向かって、それからどうしたんだっけ。

血相を変えて出て行った俺を心配する部員の顔も、見たことないくらい暗い顔の翠も、本当にそこに人がいるのかと疑うほど管が何本も通された雛も、切り取った映像でしか思い出せない。

ちゃんと向き合わなきゃいけないことだったのに、防衛本能が働いたのか、なんなのか、上手く思い出せないんだ。


……もう、その子の顔も覚えていないけれど、あの日あの女の子に充電器を貸さなければ、俺は雛を看取ることができた?


でも、きっと、そうじゃない。

俺が後悔しなければいけないことは、背負っていかなきゃいけないことは、そんなことじゃないんだ。



「翔太ー、次古典なんだ、教科書貸して」

あれから一年が経って、信じられないほどのスピードで、日常が戻ってきた。

席に座っている俺を見下ろしながら、両手を組んでお願いポーズをする一之瀬を、俺は冷静に否定する。


「俺も次古典だよ。同じクラスなんだから」

「いや知ってるけど」

「っあーもう、俺以外にも友達作れよお前は、ほらっ」


イライラしながら教科書を渡すと、一之瀬は結局貸してくれんのかい、と突っ込んできた。

俺はお前と違って隣の席の奴と仲いいから教科書見せてもらうさ。

一年前のあの日から、一之瀬は必要以上に俺に話しかけてくるようになった。

俺が、一人で思い詰めて考え込む時間を作らないようにしているのか、それともただの気まぐれか。

それは分からないけれど、なんだかこいつといる時だけは気を遣わずにいられる。というのも、雛のことを知っているのも、一之瀬だけだからだ。


一之瀬とは同じサッカー部で、小学生のころからの仲だ。

何を考えているのか分からないところも、サッカーがうまいところも、マイペースなところも昔からちっとも変わらない。

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