彼女の居場所 ~there is no sign 影も形もない~
「ねえ、ねえ、副社長まだかな?」
由衣子が私に新しいワインを渡しながら囁く。

「ん、ありがと。まだみたいだね。大きな商談とかなのかな?創立パーティーに遅刻するほどの仕事なんて大変なんだろうね」

「大企業の副社長の大きな商談なんて興味あるわ。私もそのプロジェクトのメンバーにぜひ入りたい」

キラキラと瞳を輝かす由衣子は仕事ができる上に美人だ。このまま順調にキャリアを積めば近いうちに副社長との仕事もできるんじゃないだろうかと思う。


わが社の副社長は社長の年の離れた弟さんらしい。
実は私はまだ一度も見たことがない。入社式にもいなかった。まあその頃はまだ役職は副社長ではないし、どこか他の支社にいたらしいんだけど。

昨年副社長に就任してからは本社勤務なのになぜか出会わないのだ。よほどご縁がないらしい。

「ああ、早くイケメン副社長が来ないかな」
由衣子がわくわくと目を輝かせて今日何度目かのセリフを言った。

「はいはい、それ何度目よ」

半ば呆れて由衣子の顔も見ないでさっきとってきた料理の皿からローストビーフを口に運んだ。
おおー、柔らかくておいしい。このソース、これ何だっけ?グレイビーソースとかって名前だっけ?

「早希だって興味くらいあるでしょ。イケメンなら気にならない?」

「そりゃ世の中、イケメンが嫌いな人の方が少ないでしょ。でも、そこまで騒ぐほどのイケメンなの?」
付け合わせのニンジンのグラッセをもぐもぐしながら聞くと、由衣子は目を細めるようにして私を軽くにらむように見る。

「いくら社内で出会ったことがないって言っても、あれれー、早希チャンは社内報とか経済紙は見ないのかなあ?大きく写真入りで載ってたはずだけど?ん?お仕事なめてない?」

あ・・・

「ええと・・・すみません。社内報は見ないで自宅に持ち帰って放置してあります。業界誌も・・・最近読んでません」
由衣子と目を合わさないようにうつむく。
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