「さて」

林さんが退室してすぐに温かいお茶が私の目の前に置かれた。
お茶を運んできた店員もさっといなくなり二人きりになってしまった。

副社長は私の向かいではなく私の隣の席に座り、私の背中に手をまわすように椅子の背に腕をかけていた。

「とりあえずお茶を飲んで」
私にお茶を勧める。湯呑みを受け取る時に手が触れてしまいまた更に鼓動が早くなる。
多分、顔はまっ赤だ。
ああ、どうしよう。

震えそうになる手に力を入れてお茶をひと口飲んで深呼吸をした。

「谷口早希さん」

副社長の声に勇気を出してそっと顔を上げて副社長の顔を見た。

「やっぱりあの夜のあなただね」

視線が合うと優しく私を見つめて微笑んだ。
私はビクッとして少し背中を引いてしまった。

「なぜ逃げてしまったの?今もまた逃げようとしている?」

私は返事ができない。
声が出せない。

副社長から視線を外して両手を自分の胸に当て何度目かの深呼吸をした。
こうしていないと心臓が飛び出してしまいそうだから。

「あなたがいなくなってしまったのは俺のせい?」

あの夜と同じ低音の素敵な声で優しく私に問いかける。
どうしよう、何て答えればいい?
声が出せず、首を左右に小さくふるふると振った。

「よかった」
そう言うと副社長はまた優しく微笑んだ。

「いろいろ聞きたいことがあるんだけど」
言いながら強く握って冷え切った私の手を優しく自分の手で包んだ。

ドキドキしてめまいがしそうなのに彼の手は温かくて気持ちがいい。
あの夜のように優しく握られて思わず目を閉じた。