彼女の居場所 ~there is no sign 影も形もない~

「社長秘書の林とは親しいの?」

予想外の質問に驚いて目を見開いて副社長を見てしまった。

え?
「林さん、ですか?」
なぜ林さん?
さっき私が副社長と二人きりになりたくないばかりに林さんを涙目で見てしまったから?
首をかしげた。

そんな私の様子を見て副社長も不思議に思ったのだろう。

「知り合いではないの?」
「はい。社長から抽選会の賞品を頂く際に初めてお会いしましたので」

あの夜の話ではないからか私ののどからはスッと声が出た。

「俺の聞き違いでなければ、林は谷口さんのことを『早希さん』と呼んでいたと思うのだけれど」
副社長は更に私に問いかけた。

「私の隣のデスクに男性ですが同姓の『谷口』がいるものですから。私は普段から職場でファーストネームで呼ばれているんです。そんな事情もありまして」
副社長と視線を合わせたまま答えた。

「よかった」
再び私の髪に触れながら副社長は息をついた。
「林の事もだけど。やっと俺を見てくれた」

あ。
そう。私は副社長の顔をじっと見ていた。

「早希さん」

またうつむきかけていた私に副社長は優しく私の名を呼んだ。どきんと胸が弾ける。

「俺もあなたを『早希さん』と呼んでもいい?」

「も、もちろんです」

あの夜、私たちはお互い名乗ることをしていなかった。
そんな余裕すら無かった。

黙って見つめ合う。
お互い、あの夜の事を思い出していた。
副社長は逃げるようにいなくなった私の事をどう思っているのだろう。
そして、私とこんな形で再会したことは?

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