彼女の居場所 ~there is no sign 影も形もない~
もやもやしていたから由衣子を待たずに生ビールを2杯も飲んでしまった。
30分程遅れてきた由衣子に珍しいと驚かれたけど、それは私がまだ稔の一件から立ち直っていないと思われたらしい。

「あんな元カレのことなんて早く忘れなよ」

そう言われてやっと稔の事を思い出して思わず笑いがこぼれた。
そういえば、稔のことを思い出す回数ががずいぶん減っていた。
最近ではほとんどないかも。副社長のことばかり考えているから。

「えっ?何の笑い?」
由衣子は枝豆をつまむ手を止めた。

「ごめん、ごめん。もう稔なんてどうでもいい。後輩の旦那になるんだし。まあかなり気分は悪いけどね」
「そう。じゃ何よ。その荒んだ感じは」
由衣子は眉間にしわを寄せてみせた。

「すさんでるってひどいな」

二人で声をあげて笑った。

副社長とのことは由衣子にも誰にも話していない。

あれから、副社長から秘密にして欲しいと言われたわけでも私から秘密にしてくださいと言ったわけでもないけど、私は誰にも言っていない。というか言えない。わが社の副社長と頻繁に会ってます。私とは酒飲み友達ですとか?
おそらく副社長の方は誰かに言う必要がないから言わないだけだろうけど。

いや、一人だけ私たちの関係を知っている人がいる。
それは社長秘書の林さん。

先週、いつものBarで待っていると、副社長ではなく林さんがやって来たのだ。

「早希さん、申し訳ありませんが今夜副社長は急用で来られなくなりまして」

林さんはいつものかっっちりとしたスーツ姿ではなくネクタイを外していてビジネスというよりプライベートな雰囲気のスーツ姿だった。

「早希さんの携帯に連絡を入れたけれど、返信がなくマナーモードになっていて気が付いていないのではないかと副社長が 心配しておりましたので」
にこやかにそう言った。

確かにそうだ。

携帯電話の電話もメールも気が付かなかった。慌てて確認すると副社長から着信もメールも入っていた。

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