愛しくて苦しい物語

赤ずきん

〜知らない真実〜
ジンは用を足しに行った赤ずきんを待っていた。赤いずきんから見えた耳に、スカートに隠しきれていない尻尾。ジンは最初から赤ずきんは人狼だと知っていた。(馬鹿だな…僕。ただ赤ずきんの瞳が助けを求めるように見えただけで…喰われるかもしれないのに。)初めて見た時、赤ずきんは潤んだ瞳に何かを叫んでいるように見えた。(助けてやるんだ。それに、襲われそうになったとしても、僕にはこの短剣がある。)ジンは短剣に手を置いた。他界した母の忘れ形見。その短剣を眺めていると、草が大きく揺れた。
「何か用か?人狼。」
茶髪に耳が生え、赤い目をした男の人狼が現れた。
「嫌だなあ。そんな顔をしないでよ。どっちが化け物か分からなくなる。」
ジンは人狼を睨みつけた。
「それよりさぁ、ステラともう会わないで貰えるかな?見逃してやるから。」
「ステラ?彼女の名前か?何故お前がそれを言うんだ?」
「ステラはオレの許嫁なんだよね〜。」
「許嫁?」
人狼はニタアッと笑った。
「もし、ステラがこの森から出て行った場合、ステラはオレ達仲間を捨てたと同じなんだ。仲間を捨てた人狼は殺されるのさ。」
「なん…だと…」
「ステラが殺されるのは嫌だろ?だからさぁ、ステラから離れてくれない?」
そう言うと人狼は暗闇へと消えていった。いや、息を潜めて、まだ近くにいるのだろう。(僕がステラから離れないと、ステラは殺される?しかも、仲間によって?)ジンは拳を握りしめた。(ステラには死んで欲しくない。…幸せに暮らしてほしい。)
「ジン!!」
振り返ると、満面の笑みでこちらへ向かっている。
「赤ずきん、もう用は済んだのかい?」
ジンはステラの顔を見て、『この笑顔を守りたい』と思った。(そのためには…僕に近づかないように、嫌われなくては…!)
「話が…あるの。私の名前はステラ。そして、人狼なの…」
「…知ってた。」
ジンは短剣を取り出した。月の光でジンの顔が写っている。(なんて顔をしてるんだ、僕は。)苦しくて、張り裂けそうな表情に無表情の仮面を貼り付ける。
「ジン…」
「人狼の肉ってどのくらい美味しいのかな?どう思う?ステラ。」
「どうして…」
ジンはステラの方を見た。そして、ジンは胸が張り裂けそうになった。ステラはボロボロと涙を流している。
「どうして?私、貴方のこと信じてたのに…」
泣かしたい訳じゃない。悲しませたい訳じゃない。(本当にこの方法しかなかった?)心が丈夫な綱で締めつけられるように苦しく感じた。
「助けたいから…ごめん、ステラ。」
やっとの事で言葉が出て、そのまま走り去った。そして、家に着くと、先程の男の人狼が玄関に立っていた。
「終わらせたか?」
「鼻がいいんだな。…終わらせたよ。彼女とはもう会わない。」
月が空に浮かび、ジンを嘲笑っているように見える。(これは僕だけの秘密。もし、君に会うことがあるならば、真実を語りたい。本当は…愛していると…)
ジンは手紙を書き始めた。

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