これを愛と呼ばぬなら
春楡から見上げる空

「……またダメか」

 スマホを鞄に仕舞い、一つため息を吐く。届いていたのは履歴書を送っていた企業からのお断りのメールだ。これで何社目だろう。また面接にすら進めなかった。


 6年近く務めた保育園を辞めて3カ月。未だに次の仕事は決まっていない。ハローワークの窓口では、「保育士の募集ならたくさんあるのに」と言われたけれど、それだけはと拒んだ。

 最後の出勤となった発表会の日。今でもあの日の光景を思い出すと体が竦む。人々の非難と好奇に満ちた視線、話の通じない園長や藤見さん、そして何より悠祐くんのあの視線が一番堪えた。いくら濡れ衣だといえ、自分が原因でそれまで築いてきた信頼関係が一気に崩れる瞬間を目の当たりにした今の私には、子供と向かい合う自信がない。


 街を歩いていても、出るのはため息ばかり。自販機で温かいコーヒーを買って、目についたベンチに腰かけた。

 一口飲んで、行き交う人々を見るともなく眺める。園を辞めてから、藤見さんと鉢合わせることも、あの人の気配を感じることもなくなった。大きな騒ぎになって、さすがに懲りたのだろう。あの恐怖から解放されたことだけは、心からよかったと思う。


 ふわっとした風が吹いて、木々のざわめきを感じて顔を上げた。私が腰かけていたのは、春楡の木の下だった。こんな都会の真ん中に珍しい。

 春楡の木は、私の故郷を思い出させる。ずっと北の方にある生まれ育った町には、あまりいい思い出がない。家族ともすっかり疎遠だ。そうなったのも、全部私のせいなのだけれど。

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