gift

「えっと、一年間お疲れさまでした。入社してきた頃は本当にダメダメだったけど、今は必要とされて異動して行くなんて、なんだか感慨深いです。……湊くんがいて、私は毎日楽しかった」

言っているうちにだんだん感情が高ぶってきて、目に涙が溜まる。
ワインは人の感情に作用するのかもしれない。

表面張力でギリギリ止まっていた大粒のそれは、次の言葉を発した振動でついに落ちた。

「湊くんなんて、見た目はまあ普通だけど、地味だし。それ以外は普通じゃないし。仕事はできるけど稼ぎがいいわけでもないし。ちゃんとカットしてる割に髪の量は多いし。メガネで表情はよくわからないし。愛想も覇気もないし。連れて行ってくれたところは蕎麦屋だし。秘密主義で腹立つし」

湊くんの、赤と白のラインが入った紺色のネクタイだけを見ているのに、その視線が私に向けられていることはよくわかった。

「誰かに自慢できるような目立ったところなんて全然ないのに、湊くんの魅力には誰も気づかなければいいって思う。背が高くて姿勢だけはいいから、後ろ姿はそこそこ格好いいとか。あと手もすごくきれいで、左利きで。髪の毛はいつも天使の輪ができてて。ぼーっとしてるくせに話は聞いてて。記憶力がよくて。そういうの全部、私だけが知ってたらいいのにって思う。……今、言っちゃったけど」

危うく嗚咽が漏れそうになって、口の内側を噛んで我慢した。

「今日は湊くんの送別会だけど、でも、でも、湊くーーん! 行かないでよー! 湊くんがいないなんて、さみしくて死んじゃうよーーー!」

持ち帰りやすいように小振りに作ってもらった花束は、私の手の中でぎゅうぎゅう握られていた。
それを湊くんはやさしく抜き取る。

「今井さんは絶対大丈夫。世界が滅びても生きられるよ。今までありがとう」

「『これからもよろしく』って言ってよ」

「それより涙と鼻水拭いたら?」

ポケットから紺色のハンカチを取り出して、私の鼻に当てる。

「……湊くんの匂いがする。このハンカチ返さなくていい?」

「常識的には、洗った上で新しいハンカチと一緒に返すべきだと思うけど」

「湊くんに常識を説かれたくない」

「返すべき」ものを渡してくれるなら、今はそれで十分。

私が涙と鼻水でグズグズになっている隣で、湊くんはみんなの方に向き直る。

「全然仕事もできないところから辛抱強く見守り、受け入れてくださったこと、とても感謝しています。違う場所にはなりますが、この会社に恩返しができるよう、頑張りたいと思います。今までありがとうございました」

パラパラという拍手とすすり泣きの後、課長自ら二次会なしの解散を告げた。

「湊さんは今井さんを送って行きなさい」

< 41 / 105 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop