眼鏡をかけるのは、溺愛のサイン。
『素直だな』
この会社に派遣秘書として入って一か月が経とうとしていた。
今日は朝から社長は浮かない顔をしていた。
側からから見たら不機嫌そうに見えて怖い。
先ほどから眼鏡の奥の瞳は渇いている。渡した珈琲に乗せたひよこの角砂糖もため息とともに珈琲の中にすぐに入れてしまった。
「あの、社長どうしたのでしょうか。やはりお仕事詰め込みすぎでしょうか」
昨日までのスケジュールを見直しつつ片野さんに聞くと、全然心配する様子もなく笑っている。
「今日は新卒社員の査定なんですよ。新卒社員は社長自ら、教育係からの提出や業務成績を見て新卒社員と面接するんです」
「そうなんですね」
「社長は、自分の厳しい人ですから。新卒社員もつい厳しいこと言われて、泣いちゃう子が多くてね。社長も気が滅入るんでしょう」
「……大変ですね」
眼鏡かければ少なくてもあの鋭い目は柔らかくなるけど、見た目で解決できる問題でもない。
「あの、社長……。メールや報告書のチェックは私がするので、少し休憩されてください」
ずっとパソコンとにらみ合い、背中に日差しが当たっているのにも気づいていない。ブラインドを下げつつ、おずおず申し上げるが、眉の皺はほぐれない。
「大丈夫だ。先に休憩してくれてかまわない」
「でも」
「気にしないでいい。早くしないと食堂は込む」
「いえ、私は食堂ではないので」
同じ秘書である片野さんは、愛妻弁当持参されるので一人で誰も知らない食堂にはいけない。それと派遣は原則禁止されている。
だからここで社長のしかめっ面を見ながら食べるのは些か気が引ける。