星のみぞ知る
秀次との出会い




「お前は、いつか大名家に嫁ぐのだ。そして、織田家繁栄の礎となってもらう。よいな」

父・信長は、いつも私にそう言い聞かせた。
いつも、と言っても、本当に幼い頃の話だけどね。父上は、私に会いに来て下さるたび、いつもこう仰ったわ。
私は、側室の子ですらない。私の母はお市様の侍女で、私は言わば不義の子。
それなのに、お市様は、私を可愛がってくれた。父である、信長様よりも。
そんな父も、私が八つの時に、本能寺で死んだ。
あの時はまだ幼かったし、父上は私の住んでいた清須のお城にはあまり来てくださらなかったから、死んだと言われても、泣くことさえ出来なかった。
お市様の酷く青ざめたお顔を見て、大変な事なのだと気づいたわ。

父上がいなくなり、信忠兄上もいなくなった織田家は、塵同然だったらしいの。吹けば飛ぶような、そんな危うい状態だったって。

私は、そんなことも知らず、暢気に暮らしていた。
というのも、本能寺の変の後、私は、お雪と一緒に近江の坂本城に住んでいたから。

あ、お雪というのは私の姉のこと。
姉と言っても、生まれた日はたった二ヶ月しか変わらないけどね。だから、友達同然の関係だった。父上には奥方が10人以上いたらしいから、歳の近い兄弟は沢山いた。
中でもお雪とは特に仲が良くて、いつも一緒に遊んでいた。
お雪は七つのとき(つまり、父上が亡くなる一年前ね)に、父上の住んでいた安土城に移った。お雪は、父上の正室、濃姫様の子どもだから、自分の傍に置いておきたかったんだと思う。あの時は、もう悲しくて悲しくて、引かれるくらい泣いたっけ。

ああ、それからこれを説明しないと。
なぜ私とお雪が坂本城に移ったか。
それは、藤吉郎と、お市様のおかげ。
藤吉郎っていうのは、秀吉のことね(今じゃ関白殿下なんて呼ばれて、すっかり天下人になっているけれど、昔は私の方が立場は上だったんだから!)。

まず、私。
山崎の戦いで光秀が死んだ次の日、お市様の部屋に呼ばれて、こんな話をした。

「いいこと?藤吉郎めは、もはやただの家臣ではありません。光秀を討ち、藤吉郎めは勢いに乗っている。恐らく、あやつは織田家を乗っ取るつもりなのです」
「え…?織田はわれらのものではないですか。藤吉郎のものになるなんて…」
「有り得るのです、充分。お前の父上とて、今川を倒すことで、元は弱小だった織田家をここまで成長させたのですから。それが戦国の世の習いです」
「そんな……」
「…わたくしはあの猿が死ぬほど嫌いですが、…冗談ではありませんよ。あの猿に頭を下げるくらいなら、死んだ方がマシです。…ともかく!わたくしは藤吉郎が嫌いですが、人を見る目はあるつもりです。今、日ノ本で最も安全なのは、藤吉郎の傍にいることです」
「え……」
「近々、この清須に織田家の家臣が集まるでしょう。兄上の跡継ぎを決めるために。恐らく藤吉郎もやって来るはず。その時、私の方から、お前を守るように言っておきます」
「え、で、では、お市様や、母上…茶々様たちも一緒に来られますよね…?」
「いいえ。お前だけでお行きなさい」
「いっ…いやです!そんな……清須から、離れとうございません……」
「先程も言うたでしょう。わたくしはあの猿が嫌いです。藤吉郎には絶対について行きませぬ。…安土にはお雪もおる。少し遠いが、伊賀には三介もおる。伊勢には三七もおる。決してお前一人ではないのですよ」
「そんなっ…………いえ…わかりました」
「…すまぬ。出来ればわたくしもついて行ってやりたい。しかし、相手が藤吉郎なら、話は別なのです」
「……承知しております」

お市様のお気遣いにより、私は藤吉郎の傍に身を寄せることとなった。清須を離れるとき、当然、母上ともお別れをした。
人生でいちばん辛かったお別れかもしれない。

藤吉郎は、清須城から丹波に帰ったあと、新たに自分のお城を築こうとした。
けれど、あくまで織田家の家臣である藤吉郎に、城を築くほどの権利はない。
そこで藤吉郎は、近江の坂本城という廃城に目をつけた。
坂本城は、元々光秀の城だった。藤吉郎は、光秀が死んだのをいいことに、坂本城を自分のものにしてしまったわけ。

ここでお雪が登場する。
安土城が焼け落ちて、お雪のように安土に住んでいた者たちは、行き場が無くなってしまったの。
そこで、藤吉郎は安土城に住んでいた織田家の者たちをまとめて引き取り、その坂本城に住まわせてあげた。

こういった経緯で、私とお雪は、再び、同じ屋根の下で一緒に暮らすことになった。
最初は清須が恋しかったけれど、お雪や他の子たち、侍女とも仲良くなり、今では、すっかりこちらの生活にも慣れたわ。

私も、今年で十五になる。
そろそろ何処かへ嫁がなくてはいけない歳になった。
私の嫁ぎ咲は、恐らく藤吉郎…いえ、関白殿下がお決めになるのでしょう。

一体誰の奥方になるのか…
それが、今の私の一番の悩みの種。
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