HARUKA~愛~
第7章 過去
私はその日、母と約束していた。



―――ナースステーションに絶対に入って来ないこと。



前日に私は勝手にナースステーションに忍び込み、新米ナースに迷惑をかけて怒られていた。


それでも懲りずに入ろうとした私は、母に案の定見つかり、バスと電車代プラスお小遣いとして1000円預けられ、ランドセルを背負わされた。


「もう悪いことしないから、お母さんが帰るまでここにいる!!」

「ダーメ。晴香はもう帰るの。昨日も同じこと言ったのにできなかったでしょう?」 

「でもでも、今日はお注射触ってないよ!まだセーフだよ!」

「いいえ、アウトです。帰って下さい」

「…はあい」


口をへの字に曲げて渋々ランドセルを背負い、私は小児病棟を離れ、売店に向かった。

チョコが食べたかった。

アイスも食べたかった。

どうせ1000円貰ってもそのお金で帰るつもりが更々無かった私は、好きなものを山ほど買ってどっかで食べながら宿題をしようと思っていた。

ふらりと立ち寄ると、白衣を着こなした大人が2、3人いた。

当時、私の身長は110センチ。
お世辞にも大きいとは言えなかった。

ふむふむ、春雨スープを飲むのだなと医者の食べ物をじろじろと見ていた。

ふと視線を戻すと白衣の大人に混じって、点滴をつけ、売店の中をさまよう青いパジャマ姿の男の子がいた。

男の子はNewと書かれたチョコに手を伸ばした。

瞬間、つま先立ちしていた男の子はバランスを崩し、点滴のストレッチャーごと横倒しになった。

不本意にもその男の子は、周囲にいた医者に抱きかかえられ、そのままどこかへ行ってしまった。


一部始終を見ていた私はチョコの置いてあった棚に直行した。


「すみません、このチョコ2つ下さい」


売店のおばさんに間違いなく2つNewチョコをとってもらい、1000円札を渡した。


「はい、どうぞ。おまけも入れて置いたからね」

「ありがとうございます!」


礼儀正しい子供だった私は深々とお辞儀をし、男の子が連れていかれた方に向かった。

小児病棟かと思ったら違っていた。

母に見つかることを恐れていた私にとって幸いだった。

機械がゴンゴン、ピーピーと音を立てている。

男の子は検査の途中で抜け出し、売店にやって来たらしい。

男の子が出てくるまで私は宿題をして待つことにした。

宿題は国語の漢字と算数の計算ドリル。

犬とか太とか、簡単なくせにややこしい漢字をひたすら四角のマスに埋めていった。

算数に到達する頃には左手の中指にタコができていて、ビリビリと痛かった。


うさぎさんは後ろから数えると何番目ですか?


服を着た動物達を後ろから数え、真っ赤なブラウスに青いスカートを履いたうさぎにたどり着く。


「4番目だね」


解答欄に4と書いて次の問題に行こうとした時だった。

ガラガラとストレッチャーの音が聞こえて来た。

音が徐々に近づく。

ランドセルにノートやドリルを突っ込み、蓋をすると私は廊下のド真ん中に立った。


男の子の姿が目に入るや否や、私は「お疲れ様で~す!」と呑気に挨拶した。

もちろん男の子はびっくりして丸いお目めをパチパチさせながら、まるで未確認飛行物体を見るような目で私をじっと見つめていた。

若干その視線に怯みながらも私は声をかけた。


「こんにちは。私、蒼井晴香って言います。一緒にチョコ、食べませんか?」


男の子は笑った。
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