瑠衣を抱き上げたまま、船内の廊下を歩く。
力の抜けた彼女の身体は案外軽い。華奢で守ってあげたくなる女性だ。
俺の腕の中で目を閉じたままの彼女の顔を、まじまじと見つめる。
ほんのりと赤い頬と、長く伸びた睫毛。滑らかな肌は、透き通るほどに白い。
彼女の婚約者であった長澤が、いつか誰かにさらわれるのではないかと不安に思いながら、彼女の隣で気を揉んできた気持ちがわかる。
見たままの事実しか信じることはないと思われる、素直で無垢な彼女は、彼の気持ちに気づけなかった。
認めたくはないが、それを心から安堵している自分が確かにいる。

これまでに抱いたことのない気持ちに、正直俺は戸惑っていた。

「医師を呼びますか」

背後から伊吹に言われ、俺は首を軽く振る。

「いや。大丈夫だろう。もしなにかあれば言うよ」

ダンスのあと、急に倒れ込んだ彼女の半身をとっさに抱き上げた。
酔いと緊張で、必死になって平静を装っていた瑠衣の心は、極限まで追い込まれたようだ。

そのまま彼女を抱えて会場をあとにした。
一瞬は慌てたが、彼女が微かに寝息を立てていることに気づき、部屋へと連れていくことにしたのだ。

「私は近くで待機しています。ご用があればお呼びください」

伊吹が立ち止まって言う。

「悪いな。ありがとう」
「礼には及びません。当然のことです」

相変わらずの無表情で彼は答える。

「その話し方はやめろって。俺たちの仲だろう。ふたりのときは、普通でいいから」

「私は普通に接しておりますが」

秘書という立場の者は、仕える相手に感情を出してはならないものだと教えられる。
伊吹は、俺や龍とは違い、いつしか俺たちに仕える側の人間になるように育てられた。
月島の直系子孫である俺たちと、遠縁にあたる伊吹の歩く道がいずれ分かれていくことを、当時の俺たちは知らなかった。
だからこそ、伊吹と従兄弟の龍とは、三人で仲の良い幼少時代を過ごしてきた。

今となっては楽しく遊んだ日々も、遠い過去のことだ。
戻れないことはわかってはいるが、少し寂しい気もする。

瑠衣が過去の自分たちを知ったら、きっと『なにそれ。昔仲良くしていたのに、なんでそんなによそよそしいのよ』とでも言われそうだ。