先生、息の仕方を教えてください
先生、息の仕方を教えてください

 四月。新学期。新しい一年で、高校最後の一年。特筆すべきことは何もないまま二年が過ぎてしまい、受験のことで頭がいっぱいになる前に何かしておきたいなぁ、なんて漠然とした目標を立てた、そんな日のこと。

 新しくやって来た先生たちが、檀上で挨拶をしているのをぼんやり眺め、適当に拍手をしながら、新しく始める「何か」について考えた。学食のメニューを全制覇するとか、図書室の本を読破するとか……。

 どうせなら楽しんでできるものがいい。毎日できることがいい。じゃあ学食のメニュー全制覇は無理だし、受験シーズンに図書室の本は読破できないだろう。
 バス通学を徒歩通学に変えるのは疲れそうだから却下。毎日髪型を変えるのも、途中で飽きてしまいそう。SNSに毎日投稿するのも、三日坊主のわたしじゃあ無理。

 それなら、特筆すべきことが何もないわたしが、手っ取り早くできる「何か」なんて、物凄く限られているんじゃ……。むしろ何も思いつかないまま、何もできないまま、結局今まで通りの一年が過ぎてしまうんじゃないかとがっかりした、そのときだった。

「養護の雨谷です。よろしくお願いします」

 養護教諭だという男の先生が、とても簡単な挨拶をした。瞬間、息が止まった。

 ああ、このひとだ、と思った。まだ十七年と少ししか生きていないけれど、このひとだと確信した。
 切れ長の目に、落ち着いた雰囲気。声は少し低めで、背が高い。笑顔はゼロで、クールな大人の男性という印象。

 わたしはこの人と恋をしたい。むしろこの人じゃなきゃ嫌だ。どうしてもこの人が欲しい、と。わたしの中のメスが、騒ぎ出したのだ。

 決めた。わたしは高校最後の一年、この人に恋をする。これなら特筆すべきことがないわたしでもできる。楽しんで、毎日できる。こんなに良い目標は、もう他に思いつかないだろう。


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