日陰で凍っていた最後の雪が解けた。

じきに土を指で掘り返せるようになる。そうしたら苗植えだ。

母親譲りの濃い色の髪を風に揺らして、フレデリカは畑の端を歩いていた。

放蕩者と名高かった亡き祖父が家督を食い潰すまでは、彼女らウーラント家の荘園だった土地だ。今では国の領地となり、数世帯で管理している。

太陽は西の稜線に沈みかけている。そちらに顔を向けると、崖の上を這う城壁の凹凸が影となって浮かび上がり、その奥にそびえたつ四角い塔が見える。

王城だ。

フレデリカの父が生まれたばかりの頃、まだこの大陸が覇権争いの渦中にあった時代に建てられた、堅牢な城塞。今ではすっかり平和になったこの小さな国、テルツィエール・ボーデンを治める王が住んでいる。

領地の境界である川が見えてきた。ほとりに出たところで、ぎょっとして足を止めた。

人の腕がある。

数歩先の、糸切りスミレが群生しているあたりにそれはあり、下を向いて咲く紫の花の絨毯になかば埋もれ、指で地面を掻いているような形で落ちていた。

フレデリカは立ちすくみ、腕が動く様子がないのを見て取ってから、そろりと近づいた。

落ちてはいなかった。ちゃんと身体と繋がっていた。

水面に向かって傾斜している側に、身体のほうは伸びていた。ずっしりと水を吸った衣服を身に着け、うつぶせに倒れ、腿から下を川に洗われている。

男性だ。

まだ若い。フレデリカより少し年長に見える、青年だ。


「あなた、大丈夫?」


どう声をかけたものか迷った末、投げた言葉は、なんとも間抜けに感じられた。

これで大丈夫なわけはないだろう。予想通り返事はなく、青ざめた手指はぴくりとも動かない。

この作品のキーワード
ファンタジー  国王  記憶喪失