【完】V.I.P〜今宵、貴方だけの私になる〜

予想外の雨に舌打ちをしつつ、街を流していた。
激しく左右に揺れるワイパーが、なんともイライラをこの胸にざわめかせる。

信号で停まって、ハンドルを握る手を緩めたら、その時視界にずぶ濡れの見知った女が立ち竦んでいたんだ。


「…綾小路…?」


それは、紛れもない自分の秘書だった。

普段なら、バシッと決められた黒かダークグレーのスーツに、白いブラウス。
長い髪がしっかりと整えられていて乱れもなく、カッチリとしたパンプスはいつも丁寧に磨かれていて、どこにも隙を与えない。


そんな彼女が、今目の前で…今にも泣き崩れるんじゃないかというくらいの酷い格好をしていたんだ。


何事かと思った。
そうしたら、すぐに車をサイドに停めて彼女を自分の車へと押し込んでいた。


いなくなる、そう、思ったんだ。
それくらい、儚げで、危うかった。


彼女は全く別の次元に心を漂わせていた…その証拠に、俺の顔を見ても、なんの反応も示さなかったから。

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