「…そうじゃ、ない…。その…慣れない、から…」

「なんだ、照れてるだけか。…なら、そうじゃなきゃ物足りないくらい、そう呼んでやる」


鼻孔をくすぐる、甘い髪の香りに酔いしれていると、彼女はハッと我に返ったように、俺の腕の中からすり抜けていく。


「…い、今のはナシですから!セクハラですからね!」



ばたんっ


派手な音と共に、彼女はまた部屋を消えて行った。


「くくくっ。可愛いやつ…」


俺は、ほんの少しだけ乱れたスーツをただし、椅子へと座り直した。



さて、と。


今夜はどうしたものか…。
こんな風になっても、律儀な彼女のことだ。
きっと文句を言いながらも、俺との約束を果たすのだろう。



自社から見える夜景には、みな劣るが、いくつか店をピックアップして、その中から、一番の店をリザーブしておこう。


そう考えてから、目の前のパソコンへと視線を投げた。



好きだとも、愛してるとも言い足りないこの感情は、まるで無限連鎖。
守りたい、愛したい、愛されたい…。

ずっと、そう願ってきた。
…この世の中でたった一人の存在に。
だから、今、この出逢いを大切にしたい。
そっとさっき彼女へと触れた口唇に手をやり、上着にしまっていたスマホを取り出した。


「もしもし…?」


微かにズレたノイズ。
その裏でボソリと返してくるいつもの声に俺はくすりと笑ってから、


「俺だ…」


とだけ、短く告げた。