イジワル騎士団長の傲慢な求愛
「っん……」

思わずセシルの喉の奥から吐息が漏れる。

いけない。そう思いながらも抗うことができない。
ずっとこうして貰えることを、夢見ていた気がする。

いつの間にかセシルは呼吸すら忘れ、次第に朦朧としてきた意識の中で倒れそうになった。
そんな背中を、彼が強く抱き留める。

このまま彼の腕の中で、永遠に瞳を閉じていたい。
そんなことを思ったとき。


「セシル様!?」

庭園の脇の回廊から飛び出してくる青年がいた。
簡素な仮面と少し控えめな装束に身を包んだ彼は、セシルの従者であり政務官でもあるフェリクスだ。

フェリクスにとって、主人は手のかかる幼子のような存在であった。
それがあろうことか、今目の前で、見知らぬ青年と情事を繰り広げているではないか。
フェリクスはいつものポーカーフェイスを崩して絶句する。

「残念、邪魔が入ってしまった」

彼はセシルを転ばせないように丁寧にその手を放すと、再び仮面を瞳に纏った。
困惑で目を白黒させているセシルの耳元で、艶やかに囁く。

「名は、セシル、か。……いずれまた会える。神のお導きがあれば」

幼い頃、教会で習った常套句を残して、彼は身を翻し、暗い回廊の奥へと姿を消してしまった。
彼の背中が吸い込まれていってしまった深淵を見つめながら、セシルはまだ熱を残す唇を指の先で確かめていた。
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