イジワル騎士団長の傲慢な求愛
今まで屋敷の中に身をひそめていたセシルにとって、初めての社交場となったのがひと月前の仮面舞踏会だった。
そこにいた彼と、ひとつ、ふたつと言葉を交わしていくうちに、いつの間にかセシルの心は捕えられていた。

それから再開するまでの一ヵ月間、会えない切なさに胸を焦がしながら、セシルは恋心を温めていった。
だからセシルにとっては長い長い道のりだったわけで。けっして勢いなどではない。

とはいえ、嫁入り前の娘が見知らぬ男性と口づけとは。責められても仕方がないと理解している。

そして、幼い頃からお転婆な姿を見せつけてきたフェリクスに、あのような女性としての側面を見られてしまうのは、正直すごく気恥ずかしい。

頬を紅く染めてプイっとそっぽを向いたセシルに、フェリクスは嘆息する。

「今さら怒るつもりなどありません。あなたが女性である以上、男性に惹かれるのは仕方のないことです。……けれど、セシル様。その想いはけっして――」

「わかってるわ!」

――その想いはけっして、叶うことがない――

フェリクスの言葉の先を読んで、セシルは絶望的な気持ちになる。
彼女が一番よく理解していた。自分は誰かと想いを通わせることなんてできないし、伴侶を得ることだって一生ない。

あの仮面の君は『いずれまた会える』なんて言ってくれたけれど、おそらくそれは無理だろう。

自分の立場も身分もわきまえているし、それ以上多くのものは望まないつもりだ。
家族のために身を削る覚悟もとっくに出来ているし、恋愛だなんて能天気なことを言える状況にはない。

けれど――

「わかってるわ……」

彼の存在が一向に頭から離れない。
あの口づけを思い出しては、苦しく――そして愛おしくなり、もう一度、と望んでしまう。

舞踏会などに行かなければよかったのだと、セシルは浅はかな自分を呪った。
無垢な女性でいられる時間はあの夜限り。明日からはまた、別の仮面を被らなければならないのだから。
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