「あ、いえ、大丈夫ですよ」


 引き返そうとした私たちを、中川さんが呼び止める。


「今しがた、佐織さんのお母様から連絡がありました。佐織さんが行くから通してやってくれって」


 お母さんが……。

 どうやら裏で、母が手ぐすねを引いてくれたらしい。

 あのニヤリとした顔に少しだけ感謝したものの、心の中ではどんなふうに思われているのか羞恥に頭を抱えたくなった。


「それに今回橘様の場合、特別室をご用意させていただいておりますので、通常もう一名様分の追加料金をいただければご宿泊は可能でございます」


 社長と同時にフロント内へ振り返り、ぱちぱちとまばたく。


「宿泊させるつもりはありませんが、部屋に通すだけでも料金が必要であれば、そうしていただいて構いませんので」

「いえ、料金のほうもいただかないようにと承っておりますので」


 優しく微笑んでくれる中川さんから視線を引き、そばを見上げると、社長の瞳が私を見ていた。

 ほっとしているような表情に、私までもうれしくなる。


「ありがとうございます、中川さん」

「お礼なら、お母様のほうに」


 社長を安心させられたことに感謝を伝えると、彼はなにも鼻にかけることなくどうぞと入館を促してくれた。




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