冷徹社長の容赦ないご愛執
*


 実家の経営でありながら、じつは特別室には入ったことがない。ここに宿泊するか、きちんと社員として働くことがない限りは、そのきっかけがなかったからだ。

 いわゆるスイートルームと呼ばれる部屋に入るのも、人生で初めてかもしれない。

 深夜十一時を回った最上階フロアは当然誰も居ない。

 通常の宿泊部屋の廊下よりもだいぶゆとりのある広さを社長とふたりきりで最奥まで進む。

 カードキーでロックを解除した扉を開けてくれる社長。慣れとは怖いもので、こんなふうにもてなされるのも、すっかり私の体に馴染んできているようだ。

 これが普通になってはいけないと背筋を伸ばして先に足を踏み入れるとすぐに、爽やかない草の香りが気持ちをふわりとリラックスさせた。

 天井の間接照明からのやさしい明かりに浮かぶのは、広々とした和室。部屋の真ん中に大きな木目の座卓があり、座椅子が二脚向かい合わせに置かれていた。

 奥の檜の格子で組まれた障子は開け放され、そこにローテーブルとこちらに背を向けたソファがある。

 その向こうの足元まである大きなガラス窓に、丸い月をぽっかり浮かべる闇の夜空が見えた。
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