冷徹社長の容赦ないご愛執
 平和に間を取り持つことができるなら、と何事もなくその場を流してしまおうと、先を行く社長に続いて足を踏み出す。


「なにが悲しくてこんな若造に鼻であしらわれなきゃならんのだ」


 長身の背中へ向き直った浅田室長は、突然、あえて社長に聞こえてしまうような独り言を、さらりと言い放った。


 ――室長……!?


 完全に嫌みを口にした浅田室長に、冷や汗どころではない水分が体中から噴き出す。

 まさかそれを私に訳させようと思っているのではないのかと、横目に室長をうかがった。

 けれど、室長はなに食わぬ顔で社長に続いていく。

 日本語がわからないと思っているからこそ、あえて『若造』だなんて口にしたんだろう。
 

 私達の足音しか聞こえていなかったフロアでは、当然浅田室長の声は社長の耳に届いてしまっているはず。

 どうかその意味を通訳させようとしませんようにと、神に祈る私の意識の先から、チッ、と軽い舌打ちが聞こえてきた。
< 32 / 337 >

この作品をシェア

pagetop