鉄仮面女史の微笑みと涙
閑話 どうしたものか★慎一郎視点★
加納を帰らせた社長は、僕に書類が入った封筒を差し出した


「これは?」
「まあ、見てみろ」


書類を確認すると、そこには
『加納海青の身辺調査の結果について』
とあり、思わず社長を見た


「身辺調査?」
「さっき、進藤課長の後任に考えていたと言っていただろう。それで、ちょっと調べたんだ」


F社の社長秘書を任せるぐらいだ
変な輩を秘書にする訳にはいかないだろう
その辺を調査するのは分からないでもない
しかし……


「で?加納課長に何か問題でも?」
「いや、加納課長には問題はない。問題なのは彼女の旦那だ」
「は?旦那?」
「それ見てみろ」


社長に促され、調査結果にある加納の夫の記述を見る


『加納忠司(36)N銀行総務部庶務課所属』


「N銀行総務部庶務課……」
「庶務課の仕事を馬鹿にする訳ではないが、出世コースからかなりかけ離れてる。その証拠に今でも肩書きはない。他の同年代の行員と比べるとかなりスローペースのようだな」
「しかし、以前は融資部に所属していたようですが?」
「ああ、融資部の時代はF社の担当で、当時経理部にいた加納課長と出会って結婚したらしい。で、3年前に総務部庶務課に異動」
「その異動に問題が?」
「3年前の加納課長の記述を見てみろ」


言われた通り加納の3年前の記述を見てみる


『経理部経理課より、情報管理部管理課に異動。それと共に係長に昇進。私生活では、流産の処置』


「流産……?」
「で、今現在のところを見てみろ」


ページをめくって見てみるとそこには目を疑うことが書いていた


『定期的に産婦人科医院に通院し、避妊薬を処方されている』


「これは……」
「ああ、これはそこには書かれていないんだが、加納課長の旦那は同僚に子供のことを聞かれるとこう答えるらしい。『うちは、妻の体の方に問題があって……僕は子供が欲しいんだけど』ってな」
「はあっ?」
「そして、加納課長が『鉄仮面女史』と呼ばれるようになったのが、ちょうど3年前だ」
「3年前……」


加納の旦那が異動になったのも、加納が昇進したのも、流産したのも、『鉄仮面女史』と呼ばれるようになったのも全てが、3年前の出来事
そして、加納の旦那の同僚への発言……



「そして、これは私の知り合いのN銀行の役員に聞いたことなんだが、加納課長の旦那、半年後札幌の子会社に出向になる予定らしいぞ。あ、これまだ、加納課長の旦那は知らないから」


そう言ってハハハッと笑う社長を見てため息をついた


「で?どうしろと?まさか、加納課長の旦那の出向を止めろとか言うんじゃないでしょうね?」
「まさか、いくら私でも他の企業の人事異動まで口を出せない」
「でしょうね。じゃ、何を……」
「加納課長を救ってやれ。皆川」


社長の言葉に目を丸くした


「何故、そこまで?」
「……数年前、私は進藤課長を救ってやれなかったからな」


秘書課長をしている進藤は、マーケティング部にいたころ、同僚や上司を差し置いて成績をあげていた
それを妬んだ者が流した噂が
『進藤奈南美は枕営業して成績をあげている』
だった
それは事実無根だったが、進藤は当時苦しんだと聞いている
社長はその噂が流れていた頃、マーケティング部の担当常務であったのに関わらず、進藤に何もしてやれなかったことを後悔していたのは知っていた
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