鉄仮面女史の微笑みと涙
閑話 絶対に助けてください★慎一郎視点★
加納が海外研修から帰ってくる日、もうすぐ会社に着くころかと思っていたら、進藤が勢いよく海外事業部に入ってきて、僕の目の前にやってきた
その顔は切羽詰まっているのが分かる


「皆川部長、加納課長のご主人が会社の前まで迎えに来て一緒に帰って行きました。それと、部長の同級生の柳沢先生に『大丈夫』と伝えて欲しいそうです」


一気に捲し立てた進藤の言葉に海外事業部のメンバーがこっちに注目した
みんなには加納の家庭の事情を話してないから何のことか分からないだろう
だが、今の進藤の言葉で加納がなんらかのトラブルに巻き込まれたことは気付いたらしい


「分かった。柳沢に電話するから、進藤はちょっと休んでて」


僕はスマホを取り出し柳沢に電話をかけた
その間に相川が進藤を自分の席に座らせ落ち着かせていた


『もしもし?』
「柳沢?皆川だけど。加納が旦那に連れて行かれた」
『……なんだって?』
「どうやら会社の前で待ち伏せされてたらしい。それと、お前に『大丈夫』と伝えて欲しいって……」


電話の向こうで柳沢が息を飲むのが分かる


「柳沢?どうした?」
『いや。今から加納さんの家に行ってくる』
「それがいいと思う。僕も行くから」
『分かった。俺の車で行こう。お前の会社まで行くよ。住所はこっちで分かるから。すぐに着くから玄関まで下りといてくれ』
「分かった。じゃ後で」


電話を切ってみんなを見ると状況が見えなくて困惑しているようだった


「みんなすまない。これから話すことは他言無用で頼む。加納は旦那からモラハラを受けていた。だから加納は、僕の同級生の弁護士やってる柳沢に相談した。その旦那に加納が連れて行かれた。だから今から柳沢と、加納の家に行ってくる」


僕の言葉に全員が息を飲んだ
加納が危険な状況なのが分かったんだろう


「進藤、悪かったな。ありがとう、すぐに伝えてくれて」
「……課長って、私のこと相川課長って言ったんです、加納課長。その直前まで進藤課長って言ってたのに。私、止めようとしたんです。でも、加納課長にっこり笑って、今のこと皆川部長に伝えて欲しいって。私、あんなカタチで加納課長の笑顔見たくなかった」
「奈南美……」


悔しそうに泣いている進藤を相川が慰めている
加納は僕に今のことを伝えるのに必死だったんだろう
そして多分、旦那から進藤を守ろうとした


「じゃ、行ってくる」
「皆川部長」
「なんだ?進藤」
「絶対に、助けて下さい。あのご主人、普通じゃなかったです」
「……分かった」
「私に何か出来ることありませんか?」


進藤も加納の為に何かしてあげたいんだろう
だったら……


「じゃ、祥子の説得頼めるか?」
「祥ちゃんの?」
「どうも学生の頃喧嘩別れしたみたいで、祥子が加納に会うのをためらってる」
「でも、今の加納課長には友達が必要だと?」
「ああ、祥子も会いたがってるのが分かるしね」
「じゃ、何で部長が説得しないんです?部長らしくもない」


相変わらず進藤は鋭いところを突いてくるな


「最近分かったんだが、祥子、今二人目妊娠してるんだ」
「あら、おめでとうございます」
「どうも。それで、最近体調悪くてね。でも……」
「緊急事態です。私が説得します」
「悪いな。じゃ今からでも祥子の説得頼めるか?加納を助け出したら、僕の家に連れて帰る。娘は両親に預かってくれるよう頼むから、そう伝えて欲しい」
「分かりました。すぐ行きます」
「相川、お前も進藤と行ってもらって構わない」
「はい、分かりました」
「よろしく。神崎課長、後は頼む」
「了解です。絶対連絡下さいね、部長」
「分かった。じゃ、みんなお疲れ様」


慌ただしく海外事業部を飛び出し会社の前に行くと、柳沢はもう着いていた
僕が柳沢の車に乗り込むとすぐに出発した


「悪い、待たせた。加納の家、分かるんだな?」
「ああ、依頼された時に住所を聞いてる」
「そうか。なあ、柳沢」
「ん?」
「何で、加納はお前に『大丈夫』って言ったんだ?」
「ああ……会話の中で、加納さんの『大丈夫』は当てにならないし、『助けて』に聞こえるって言ったんだ。そしたら加納さん、俺に本当に助けて欲しい時は『大丈夫』って言いますって。まさか、本当に言われるとは思わなかった」


悔しそうな顔をする柳沢に少しだけ驚いた
柳沢は学生の頃から飄々としていて掴み所がない感じだったから
加納の家に向かっている間に、両親に電話して今日一晩娘の祥希子を預かって欲しいと頼んだ
あまり理由を聞かず快諾してくれて祥希子を迎えに来てくれるという両親に感謝した


「着いたぞ、ここだ」


時計を見たら、進藤が海外事業部に駆け込んで来てから一時間弱


「加納、無事だといいが……」
「そうじゃないと困る」


柳沢の言葉にまた驚いた
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