PMに恋したら

「なに?」

痛みによろけてしゃがみ込み、肩を押さえているこの瞬間も前からは叫び声が上がり続け、その内人の動きが止まって前には人垣ができていた。更にその先からは男性の不気味な笑い声が聞こえる。

「何事?」

ふざけているのかと思うほど大げさに笑う男性の声に脅えつつ、立ち上がって人を押しのけ人垣の前に出た。

騒ぎの中心には包丁のようなものを握り締め、高らかに笑う全身黒い服を着た男が立っていた。男の足元にはお腹を抱えて地面にのた打ち回る若い男性がいた。服には大量の血が滲んでいる。
その光景にぞっとした。説明されなくてもこの状況を見れば何が起こったのかは明らかだ。ここにいる誰もがこの男がまだ捕まっていなかった通り魔だと瞬時に理解した。

「いやああ!」

一際恐怖心を含ませた声で叫んだのは優菜だった。包丁を握った男の斜め後ろで、腰が抜けたのか座り込んでいた。叫び声に振り向いた男は、目を見開いたまま固まる優菜を見つめた。体を反転させるとゆっくりと優菜に近づく。

「優ちゃん逃げて!」

思わず叫んだ私は自然と走り出していた。けれど間に合わない。
男が優菜に向かって包丁を振り上げたとき、男の体が一人の警察官に体当たりされ横に飛ばされた。私の目の前まで転がった男が地面に倒れこんだ衝撃で包丁が手から抜け、数十センチ飛んで鈍い音を立て地面に落ちた。
男に体当たりした警察官は立ち上がった。顔を上げたその人は高木さんだった。

ああ、優菜が無事でよかった。

高木さんが来てくれたことに安心して私の足も止まった。
腰が抜けたまま呆然としている優菜の前に立った高木さんは、しゃがむと優菜を強く抱きしめた。その姿に私は思わず笑った。優菜を守ることしか頭になかったであろう高木さんは、優菜を救った今絶対に職務を忘れている。

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