主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-③ 

下弦と花

――そこはどこかの庭だった。

いや、どこかの庭ではなく…花の植えられていない見覚えのある屋敷の庭だった。


「うぅ…っ」


呻き声が聞こえてはっとした息吹は、自分自身もまた庭に立っているのだと分かると、声のした方へ目を向けた。


「君は…何者だ?」


とてもとても穏やかで静かな声を放つ者――縁側に座っていたその男はとても主さまによく似た顔をしていて、腰を浮かして庭に倒れ伏している金髪碧眼の少女の元へ駆け寄った。


…これは下弦とあの少女だ。

今までもこうして何度かこういった光景を見たことのある息吹は、また自分が意識を乗っ取られたことでまた主さまに心配をかけてしまうことに心を痛めながらも、もうこうなってしまったものは仕方ないとふたりを見守った。


「ひどい怪我だ…!奥へ運ばないと」


全身にやけどのような傷を負い、熱があるのか身震いしている少女をひょいと抱き上げた下弦は、同じように縁側に座っていた美女ふたりが何か言いたげな顔をしていることに気付きながらも客間へと運び込んだ。


「主さま、‟それ”は我が国の妖ではありません」


同じ鬼族の側近である遠野(とおの)から警告を込めた声で非難された下弦も薄々と気付いてはいた。

このような金の髪に碧い目の妖はこの国には存在しない。

だがまるで降って沸いたかのようにして庭に落ちてきたこの少女に悪意を感じなかったため、下弦は牙を見せて威嚇する遠野に笑いかけた。


「僕が責任を取るからこのことは皆には言わないように」


「…はい」


少女を床に下ろした下弦は額に手をあてて熱があることを確認すると、遠野に指示を出した。


「薬湯の準備を。あと布団をありたっけ持ってきて」


「う…っ」


何者かに襲われたか――?


「…涙…」


少女の目尻に涙が浮かんでつっと流れた。

とても美しくも痛ましく、下弦はその場から離れることができなかった。
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