コンコン

形式的にノックをして、返事が来る前に

「おはようございまーす」

とロッカールームの中へ入った。

「あ、おはよ」

中にいたのは中島花(なかじま はな)。

肩下まである髪の毛を、ピンをさしてまとめているところだった。


「なんか歩美、目の下にクマできてない?疲れてる感じ」

「あー…朝までマンガ読んでたから。」

「どうしたの。平日なのに」

「フラれちゃって」

「は!?」

大声をあげたまま止まってしまった花に反して、私は平然とカバンをロッカーに押し込んだ。

平然を装っている、というのが正しいのかもしれない。

朝っぱらから暗くなっている場合じゃないから。


「そっか…大変だったんだね」

一生懸命言葉を探してくれたんだろう。

花を暗い気持ちにさせてしまって逆に申し訳ない、と今さら思った。


花は同じ課で働く同期だ。

花は私と反対方向から来る電車に乗って通勤していて、満員電車になるほど混まないらしい。

しかも、日曜日は彼氏の家に泊まって、月曜の朝は彼氏に車で送ってもらって通勤している。

羨ましすぎる。


ロッカーの内側の鏡で、花に指摘されたクマをコンシーラーでごまかし、口紅を塗りなおした。

瞼は腫れていない。

実際、腫れるほど泣いてはいないのだ。

気を紛らわせようとビールを飲み、そのまま漫画に夢中になっていたから。

クラスの人気者に片思いしている地味な女の子が、見事両思いになって幸せな恋人同士になる話。

フラれた身で何を読んでるんだろう、なんて少し虚しくなったけど、全20巻もある漫画は時間を潰すにはちょうどよかった。

ライバルが現れてハラハラしたり、2人の気持ちがすれ違ってイライラしたり、そんなことをしていたらあっという間に夜は明けた。


私が失恋したくらいじゃ、時間は止まってはくれない。

神様はそんなに甘くない。

容赦なく朝が来て、容赦なく仕事が待っている。

目を腫らしている場合じゃないのだ。


「…よしっ」

気合を入れてロッカールームを出て、そのまま10階へ向かった。


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