強引専務の身代わりフィアンセ
地味で平凡なのが大事な武器です
 時計の針がいつもの時間を指したところで、私はパソコンをシャットダウンしようとマウスを動かした。金曜日の午後五時。

 てきぱきと帰り支度を始める私に嫌な顔をする社員なんてひとりもいない。なぜなら私は正社員ではなく契約社員で、基本的に残業をすることはなく定時で上がることになっている。

 それに、この会社は元々残業自体が少ないホワイト企業だ。

 私、鈴木美和(すずきみわ)が勤めているのは、日本では名の知れたアクセサリーブランド「MILD (ミルト)」の本社になる。

 ミルト・ホールディングス株式会社が運営するブランドで、アクセサリーだけではなく銀製品や革製品、ファッション雑貨などを幅広く取り扱っているが、看板名になっている宝飾品に一番力を入れていた。

 元々デザイナーをしていた先々代夫婦がイタリアに在住している際に始めたブランドだそうだ。先々代の意向を大事にしながらも、職人や技術者、デザイナーなどが世代交代や連携を繰り返し発展し続けている。

 十年ほど前に国際的な賞をとった映画のヒロインが劇中でいつも身に着けていると大々的に使われたことによって、その人気は加速。今では職人技と機械化のバランスをとりながら量産している。

 そして、こだわりが強い分、敷居が高い印象のブランドだったが、最近「女性にもっとアクセサリーをもっと楽しんでもらえるように」というコンセプトで、新ブランド「Im.Mer(インマー)」を立ち上げ、それが当たったことで、さらに業績を伸ばしつつある。

 使う宝石をダイヤモンドなどに特化せず、むしろ天然石などを多用し、それに合うようなデザイン性を重視することで、高級すぎず、けれど安っぽくならないような絶妙な価格で提供する。

 親元が「MILD」という確固たる信頼感の助けもあって、瞬く間に若い女性の間で人気のブランドとなった。
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