強引専務の身代わりフィアンセ
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 今日は水曜日で今週も残すところ半分となった。いつも通り定時で上がり、外に出ると社内との温度差に思わず眉をひそめる。同じ暑さでも湿度がもう少し低ければここまで不快ではないんだろうけど。

 家に帰って、まず電気をつけて明かりを灯す。両親は仕事のため不在で今はこの家に私しかいない。父は出張で、母は事務所に在籍するタレントのロケに付き合っている。

 両親がいないからといって困る年齢でもないし、こんなことは昔からもよくあった。適当に夕飯をすませようと台所に向かい、冷蔵庫の中を眺める。

 今からご飯を炊くのも面倒だから、パスタにしようか。素麺はこの前も食べたし。

 味付けは醤油ベースの和風にして、冷蔵庫にあるきのこや野菜を入れることにする。換気扇を回して、お湯を沸かそうとしたところで、突然インターホンが鳴り響き、あまりの不意打ち具合に心臓が口から飛び出そうになった。

 自宅ではなく事務所の方だ。中で繋がっているので、私は火を止めて事務所に向かう。今日は打ち合わせもなにもなかったはずだけれど。誰だろうか、と訝しがりながら、モニターで来客を確認する。

 すると、そこには思ってもみなかった人物が映っていたので、驚きを通り越して、私は自分の目を疑うしかなかった。

 しばらくその場を動けずに、居留守を使うかどうか、真剣に悩む。けれど結局、おそるおそる事務所のドアを開けることにした。

「突然、悪いな」

 そう告げる相手からは、微塵も悪いと思っている気配は伝わってこない。外は日が落ちたとはいえ、まだ暑さが残っているだろうに、彼は会社からそのままやってきたかのように、汗ひとつかいておらず、いつもの涼し気な表情だ。

「高瀬、専務」

 確認するように私は彼の名を呼んだ。この前と変わらない深い色を宿した黒い瞳が私を映す。どうやらこれは夢ではなく現実らしい。
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