不器用王子の甘い誘惑
9.子どもの頃の恥ずかしい話
 ずっと手を繋いでいて、恋人同士みたいだった。

 どこが口説き方が分からないのかこっちが聞きたいよ。
 練習なんて必要ないですよ。
 って言いたいのに何も言えなくて家まで送ってもらってしまった。

 無言の時間があっても気にならなかった。
 もしかしたら繋いだ手のぬくもりのお陰だったのかもしれない。

「俺、自分の名前が嫌いだったんだ。」

 終電までと言った松田さんがおもむろに話し始めた内容に驚いた。
 松田さんにもコンプレックスみたいなものがあるんだ。

「松田……そうすけさんでしたっけ?」

 微笑んだ松田さんが漢字を教えてくれる。

「爽やかに助けるで『爽助』だよ。」

 まさに松田さんにぴったりの名前。
 私は爽やかに助けられた張本人だし。

「似合ってるじゃないですか。」

「言い方だよ。言い方を良くしてるだけ。
 小学生の時は『助』だけをとって『スケベ』の爽ちゃんってからかわれた。」

 小学生らしい思い出にフフッと頬が緩む。
 それを見て松田さんも笑いながらも窘めた。

「笑うなよ。小学生の時は本当に嫌だったんだよ。
 でも……それを受け入れて今では『爽やかなスケベの爽助です』って言えば男の人は大抵喜んで……あぁごめん。
 女の子に披露するネタじゃなかったね。」

 小学生の頃にそんなことを悩んでたのも新鮮だし、松田さんがそんな自虐ネタみたいな話題で男性社員と仲良くなってたなんて。

「松田さんのすごさを垣間見ました。」

「ハハッどこに?変わってるね。
 そんなのカッコ悪いって普通なら言われるよ。」

 そんなことない。
 まんま王子様なのに、そこを鼻にかけないところとか。

 男性社員とも仲良くなれている理由がよく分かる。
 松田さんみたいな人はみんなに慕われるんだろうな。

「私は……私は小さな頃にお姫様に憧れていて。
 王子様が迎えに来てくれるんだって本気で思っていました。」

「うん。」

 松田さんはからかったりせずに優しく聞いていてくれた。
 繋いだままの手のぬくもりまでもが優しくて、そのぬくもりに切なくなった。

「笑っちゃいますよね。いい大人が。
 つい何年か前までそう信じていたんです。」

 何故だか涙がこぼれそうになって、松田さんの手を離して顔を手で覆った。
 冷たくなった手のお陰でかろうじて冷静でいられた。

 思い出話で泣くなんて醜態を晒したくない。

「だから今は大人になったなぁって思います。
 空想の世界からは脱して現実を見ているので。」

 うん。私は大丈夫。
 地に足をつけて立ってる。

 そう思って笑いかけようと松田さんを見ると松田さんの方が悲しそうな顔をしていた。

「そんなことないよ。笑ったりしない。
 俺は無理して笑ってる紗良を見る方がつらい。」

 抱き寄せられて大きな体にすっぽりと収まって、そのぬくもりにやられてしまった。
 後から後から涙が流れて、松田さんともっと前に出会いたかったと思った。

 例え松田さんが別の子を見ていたとしても、自分の片思いだとしても、純粋で真っ白な可愛い自分で松田さんに憧れていられたのに。

 今は………練習相手でもいいから、側にいたいって大人の狡い部分しか残っていない。







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