伯爵令嬢シュティーナの華麗なる輿入れ
6.心も、体も


 目を開けると、窓にかかるレースに灯りが揺らめいているのが見えた。部屋は薄暗く、揺らめいているのは蝋燭の灯りだった。シュティーナは、夢も見ずに眠っていた。あんなに眠れなかったのに。短時間だったけれど眠ったら頭がすっきりして体の重さも取れた気がする。

(リンは隣の部屋にいるのね)

 静かな足音が聞こえたから、リンだろう。シュティーナは体を起こした。

(お父様たち、もう眠ったかしら)

 床に足を付けると、ふらふらだった体に力が入ることに気付く。

(やっぱり、食事って大事ね。ふらふらだと元気も出ないしなにもできないもの)

 上着を羽織ると、蝋燭が灯る燭台を持ち、隣の部屋へ行った。すると、リンが気付き、柔らかく微笑んだ。

「シュティーナ様。お目覚めですか」

「もう遅い時間なのかしら」

 自分がどれくらい眠っていたのか、シュティーナは分からなかった。

「皆様は、夕食後に少しお酒を召し上がって、すぐお部屋に戻られました。忙しくお疲れのようでした」

 そんなに遅い時間でもなさそうだった。
 リンは繕いものをしているようで、シュティーナは椅子を寄せて隣に座る。リンは手を止めて「お茶をご用意します」と立った。

「お水が飲みたいから、自分でやるわ。リンは仕事の続きを」

シュティーナはリンを制し、部屋のテーブルにある水差しから汲んで、1杯の水を飲み干した。

「シュティーナ様。ご気分はいかがですか?」

「眠れたわ。あの食事が良かったのね」

「表情が明るくなりましたね。唇も赤みが戻っているよう……少し、安心しました」

「心配かけて、ごめんなさいね。リン」

 屋敷にいる使用人たちは、あちこちで動いているのだろうけれど、シュティーナのところに耳障りな物音は届かない。静かな夜だった。

 いつもと変わらぬ日常。自分がここからいなくなっても、父や兄、イエーオリはいつも通りに生活をするだろう。スヴォルベリ領、スーザントの人達も同じだ。きっと、サムも。

(わたしが、いなくなっても。彼の、思い出になるのかな)

シュティーナは、目を閉じて思った。もちろん、彼のことを。

(心に従ったあと、なにを残せるのだろう)

「リン。わたし、こんな気持ち初めてなの」

 蝋燭に灯ったオレンジ色の炎は、シュティーナの心のように揺らめいている。

「サムに、会いたい。最後にひとめだけでも」

 胸がこんなに苦しい。あのひとを思うだけで、息が苦しい。嫁ぐまえに、1度だけでいい。サムに会いたかった。


「……シュティーナ様、お顔を隠すためのスカーフを落としてきてしまったのですね。違うのを用意しましたよ」

「リン……!」

 リンは深紅のスカーフをシュティーナに手渡した。

「イエーオリ様を、呼んで参ります」

リンは部屋を静かに出ていく。そしてすぐ、イエーオリと一緒に戻ってきた。

「イエーオリ……?」

 イエーオリは、外套を纏って部屋に入ってきた。外出の支度に見える。リンは手に畳んだ着替えを持ってシュティーナのそばへ寄る。

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