伯爵令嬢シュティーナの華麗なる輿入れ
2.港町での出会い
 馬車は港町スーザントの中心にある広場を目指し、ひた走る。

 5歳上の兄、ミカルには婚約者がいる。公務中に出会った、ふたつ山を越えた先にある領土の伯爵令嬢に一目ぼれをし、猛アタックの末に振り向かせたのだ。足しげく会いに行っている。今回だって延長で会いに行っているはずだ。そういえば、サネム王子は兄のひとつ年下だったか。

「お兄様はいいな。愛する人と結婚できるんだもの」

 自分は、顔も知らない、しかも現在行方不明の相手との将来が待っているのかと思うと気が重く、屋敷にいても息が詰まりそうだった。でも、我儘を言ってお父様とお兄様を悲しませるわけにはいかない。

「家と領土を守るために、か」

 スヴォルベリの豊富な資源と豊かさをこの先もずっと守っていくために、王族と絆を深めたい。代々受け継いだ領土を守るだけでなくさらに発展させたい父の思いと苦労はシュティーナも分かっているつもりだ。
 この自宅待機の間に、援助や警備が以前より手厚くされたのはせめてもの救いだったかもしれない。父は、領地を防衛するための方法を王都に頼っていたのである。


「カールフェルトの兄弟ってなんだか野蛮そう。現に弟は家出して行方不明だしね」

「シ、シュティーナ様」

 デザイド王国カールフェルト家は、王族としては戦闘に長け、戦いにより領土を広げてきた。その血を受け継ぐ現在の王も王子も、きっと戦好きで野蛮なのだろう。見たことも会ったことも無いのだが、シュティーナは歴史を学んだときの胸糞の悪さを思い出して眉間に皺を寄せてしまう。

 父の気持ちを理解しているつもりだ。娘は可愛い、しかし領土も国も守りたい。スヴォルベリ伯爵家との縁は国としても悪い話ではない。

(だけど……)

 シュティーナはリンに気付かれないようにため息をついた。

「ああもう、気持ちが暗くなっちゃうじゃないの。せっかく楽しみに行くのに」

 むくれたシュティーナと困り顔のリンを乗せた馬車は町の広場から少し離れた場所に到着した。シュティーナはリンと共に馬車から降りると、顔の下半分を隠すように水色のスカーフを巻いた。人が行き交う道を、リンの手をぎゅっと握り歩く。手にはうっすらと汗をかいていた。前回ここへ来たときよりも人が多く、シュティーナは緊張していた。

 建物の間を抜けると、視界が開ける。


「わぁ」

 中央に噴水が設けられた正方形の広場には、果物や魚などの露店が軒を連ねている。簡易テントを貼った下に移動式店舗で営業をしているのだが『青葉の祭り』期間中、広場が小規模の市場になるのだ。

 店のテントには色とりどりの花や旗などが飾られ、それぞれに目を惹くよう工夫されている。広場の花壇には溢れんばかりの花が咲き、噴水のまわりも鉢植えが置かれ飾られていた。

 季節は春。デザイド王国の冬は長く厳しいが、いまは暖かく眩しい芽吹きが大地を覆う季節。抜けるような青空もまるで『青葉の祭り』に参加しているかのようだ。

「ねぇ、リン。素敵だよね。町が輝いて見える」

「そうですね。皆、いきいきとしておりますね」

 シュティーナはこの町を、国を、誇らしいと思うのだ。こんなにも活気溢れ賑やか。だからこうして町に来て人々の息吹を感じたい。そう思うのに、ずっと屋敷にいて遠くから見下ろして過ごし、それでそのうち違う土地に嫁いでいくなんて。

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