極上スイートオフィス 御曹司の独占愛
彼が受け持ったエリアは次々と新規店舗を開拓し、通常の倍以上の店舗数を抱え売上もそれに比例した。
それを何年も、ひとりでこなし続けたことは今や伝説となっている。
たった数年前のことなので誰もが憶えているので伝説などではなく、現実だが。
いまだかつて、それだけのことをした人がいない。
彼から引き継ぐ時に、ひとりで抱えられるような人材がおらず、エリアを分割する特例処置が取られた。
それが、私と伊崎のエリアだ。
引継ぎ作業の時、朝比奈さんとの能力の差を思い知って辛かったっけ。
懐かしいような、苦しいような。
その頃の出来事に意識が半分、引きずられていた時だ。
ぱん!
と手を打ち鳴らす音がした。
正面、朝比奈さんからだ。
「それでは、通常業務をこなしながら、まず一人ひとり面談をしたいと思ってるから。僕が声をかけたら、そのつもりで」
彼の声を聞くと、条件反射のようにぴしっと背筋が伸びる。
皆と同じように「はい」と答えながら、脳内がじわじわと狼狽え始める。
何て? 今。
面談?
一対一で?
「順に声をかけていくから、その時はよろしく。以上です」
それを締めくくりに朝礼が終わり、全員が一斉に仕事に向かう。
私も深呼吸して一度席に着き、デスクの上を整理しながら、頭の中も整理する。
大丈夫。
一緒に仕事する以上、仕事の話をする上でふたりになることだって当然あることだし、覚悟はしてた。
……それに。
彼がオフィスに入って来た時。
少しくらいは、目があって複雑な表情になったり何かしらあるかもしれない、と気構えていたのに、何もなかった。
ほんの一瞬たりとも、視線が合うことはなかったのだ。