ハニートラップにご用心
TRAP1 秘密の同居

「家が燃えました」


"報告書"と書かれた紙の束を差し出しながら、他人事のように――目の前のデスクに座る男に向かってあっけらかんと、まるで報告書を手渡すついでの用件のように私は言った。

コーヒーカップに手を伸ばしかけていた彼の指先が取っ手を弾いてガシャン、と音を立ててコーヒーカップが横たわる。

ソーサーの中に溢れ返ってデスクに広がっていく黒い染みを呆然と見つめているその男性は、ぱちぱちと数回瞬きをしてから顔を上げた。


シミ一つない綺麗な肌にすっと通った鼻筋。まるで精巧な作り物のようにシンメトリーに配置されたパーツ。間近で見れば見るほど、ため息が出そうなほどに全てが完璧に美しい容姿の男。
驚きに染まる綺麗な黒目は切れ長でぱっちりした二重に縁どられている。


差し出された書類と私の顔を交互に見たその人は、にへらと口を開けて笑った。手入れの行き届いた艶のある長めの黒髪がさらりと揺れる。


「もう、なあに千春ちゃん?朝から冗談キツいわよぉ」


黙っていれば超絶美形のその男は、容姿に似合わぬ掠れたテノールボイスを操り上品な婦人のような口調で言葉を紡いだ。

冗談めかした言葉のあとに降りてきた数秒の沈黙。


「……え?まさか、本当に?」


書類を差し出した動作のまま微動だにせず言葉も発しない私を見て男――私の直属の上司でありビジネスパートナー、土田恭也(つちだ きょうや)は目を丸くした。


< 1 / 121 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop