ハニートラップにご用心
TRAP8 溢れる愛を君に

左手の薬指にピッタリ収まった婚約指輪を眺めて私は口元を緩めた。
へへ、とだらしのない声が漏れてしまったことに気付いて、慌てて姿勢を正す。

風を切る音と、不規則に起きる揺れ。隣にいる、目的地に向けて車を運転する土田さんを横目で見た。


しばらくじっと見つめていると、土田さんがこちらを一瞥して目が合う。すぐに視線を正面に戻されたけど、彼もまた口元を緩めていたのを私は見逃さなかった。

年が明け、朝一番に二人で初詣に行ってきた。早朝だったとはいえそれなりの人で賑わっていて、神社の敷地に入ってから本殿で参拝するまでに一時間以上かかった。けれど、土田さんとゆっくり色んな話をできたからそれほど苦には感じなかった。

そしてこれから、私の実家へ挨拶をしに行くことになった。一応電話で母親には結婚をする旨を伝えてある。


今まで男の人の影を一切感じさせなかった(というよりも、そもそも男の人が周りにいなかった)私が、交際相手を紹介するよりも先に結婚を決めたから、卒倒されるのではないかと危惧していた。

だけど予想に反して母親の反応は非常に穏やかなもので、「そう。あの千春がねぇ」と答えただけだった。

問題は父親。自分で言うのも変な話だが、私は桜野家の一人娘で大変両親に可愛がられて育てられた。私が中学生くらい、第二次性徴期に入り身体付きが女らしくなってきた私を見て父親は悲しみの涙を流していたくらいだ。


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