普段は穏やかでのんびりした医局が、私にとって、この日を境に危険地帯に変わった。
祐がいない時でも、気を抜ける時間はない。
なんせ、いつどのタイミングで帰ってくるか読めないのだから。
結局私は、彼の一日のスケジュールを毎日チェックして、把握せざるを得なくなった。


特に危険と感じた時間帯は、美奈ちゃんが席を外すのも必死に頼み込んで引き止め、医局に一人にならないよう最善を尽くした。
お使いを頼まれて附属病院や大学図書館に行く時も、スマホのチェックなんか、もちろんできない。
大学の講義が始まり、レンガ畳の道に学生の姿を見かけることが増えても、その辺に祐がいやしないか、神経を研ぎ澄まさなければならない始末だ。


金曜日、一週間の仕事を終えた時、私は、主に精神的に疲弊していた。
いつもなら特に急がずにゆっくり進める帰り支度も、ちょっとフライング気味で始めた。
『雫さん、どうしたんですか?』と目をパチクリさせる美奈ちゃんへの挨拶もそこそこに医局を飛び出し、脇目も振らずに真っすぐ家に帰った。


玄関に入ってしっかりと鍵を閉め、澄子さんに「お帰りなさい」と言われて、ようやく安堵の息を吐く。
家に帰ってくればもう安心。
ホッとして泣きたくなりながら、私は澄子さんに『ただいま』と返事をした。