君に捧げるワルツ ー御曹司の恋と甘い旋律ー
「柚葉、今日は一段と綺麗だ」


身支度を終えてあのピアニストに会うと、開口一番に名前を呼び捨てされて、ぎゅっと抱き締められる。


いや、あの、私たちこういう距離感じゃないですよね……?


こないだ初めて会話したきり、顔を会わせることも無かったのに。名前だってメールで聞かれただけなのに。


「何なんですかこれは。 それに何者なんですかあなたは」

と聞くと、


「今ここでは柚葉は俺の女。いいね?」


と耳元で囁かれた。彼を見上げると、緩くセットされた髪からいつもより額が見えていて、タキシードがよく似合っている。


至近距離から彼の端正な顔立ちを見るのは目に毒だ。心臓がばくばくするから急いで目を伏せる。


「俺は澪音(れおん)。

君は俺にとって逃避先の人だから、自分のことはあまり知られたくない。

……といっても今日は勝手に耳に入ってくるか」


逃避先?何を言っているのだろう。
そして一番気になるのは、


「さっきから周りの視線が凄いんですけど、こんなの……耐えられそうにありません」


澪音はこのお屋敷にいる人みんなにかしずかれているし、隣にいる私には、周囲のドレスアップした女性からの視線がチクチクと刺さる。


「ダンサーになるんだろ、この程度の視線に耐えられなくてどうするんだ」


そう言って笑うけれど、


「種類が違いますって。

私にはあなたの隣は似合わないんですよ。さっきから邪魔物を見る目で見られてさすがに辛い……」


「ガツガツした女しかいなくて困ってると言ったろ。

そんなものは気にしなくていい。君が俺と一緒にいるのが大事なんだ」


ガツガツした女……なるほど、この状況なら納得だ。彼は単にモテるとかそういう次元の人ではないらしい。私はドレスアップしたSPのようなものだろうか。


腹筋に力を入れて拳を握り周囲を見渡すと、私を見て澪音は破顔した。完全に笑うと目が無くなるんだ。初めて見る表情だ。


「変な気合いのいれ方で笑わせるなよ……。

大丈夫、困ったときは俺が何とでもするから。だからそういうんじゃなくて……」


私の顎に手をかけて顔を上げられる。


「柚葉はもとから凛とした立ち姿が綺麗だし

いつもの健康的な感じも良いけど、今日は色っぽくて格別だ。


俺は柚葉に隣にいて欲しいんだ。

今はただ、俺だけを見てろ。後でご褒美をたくさんあげるから」


熱っぽい視線を向けられて、これ以上ないくらいに心臓が苦しくなる。


「ご、ごご褒美?」


「前に言ったとおり、柚葉の曲を作るから。

それとも、違うご褒美がいい?」


手を恋人繋ぎで握られて、悪戯っぽく笑いかけられる。


私は首をぶんぶんと横に降って、赤面しているのを誤魔化した。


『後腐れがない』のが私の価値だと言うなら、そんな風に試さないで。

澪音は、あまりにも意地悪だ。
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